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兄は妹の仕事ぶりが心配です:後編

「……すみれっち、ちょっと怒ってたねー」

「それはまあ、ね……」

「お兄様をからかったように感じられたんでしょうか」


「……いや、からかってたでしょ、君たち」


 俺が思わずツッコミを入れると、三人とも越後屋の悪巧み笑顔を向けてきた。……ああうん、三人寄ればかしましい、残念成分なしだもんな。ちったあ先輩を敬え。


「そんなことないですよ? ……うーん、将吾お兄さんがあたしの兄だったらなー。きっと人生楽しそう」


 美佳みかっぱさんがそう言って頬づえをつく。


「……きょうだいいないの? 美佳さん」


「ん? いますよー、兄が。将吾お兄さんと同じクラスに」


 しれっと今明かされる衝撃の事実。……神山、って確か……夏に助言をくれた、確か妹に必ず先に風呂に入られると嘆いてた……


「まさか、神山圭一かみやまけいいちの妹!?」


「当たりでーす」


 ……あのあと名前を調べてはいたが……今思い出さなければたぶん卒業まで思い出さなかったかもしれない。


「美佳さんは、圭一が嫌いなの?」


「少なくとも、すみれっちみたいにはなりませんねー。ね、マキちゃん、瑠璃ちゃん?」


「うーん……きょうだいがいるのは、少しうらやましいかも……」


「そうですわね……優しいという条件がつくならばですが、わたくしも姉より兄が欲しかったですわ」


 ふむ、察するに真希マキさんはひとりっ子で、瑠璃ディーさんは姉がいるみたいだな。


「だよねー。将吾お兄さんみたいなら、文句なし!」

「そうだね」

「言うことなしですわ」


 あまりのヨイショに背筋が寒くなってきた。なんで俺はこんなに三羽烏に買いかぶられているのか、まったくわからない。やっぱりホットコーヒーを頼むべきだったろうか。


「……なんでそんなに持ち上げてくるわけ?」


 ヨイショされる心当たりがまったくないので、ストレートに聞いてみる。


「えー、だって……すみれっちが振ったサッカー部員との一部始終を知ってれば、みんなそう思いますよー?」


「はい……すみれちゃんをバカにしたような発言は、あとから聞いて許せませんでしたし」


「妹のために、自宅謹慎も恐れず本気で怒るお兄様は、わたくしたちのクラスでも尊敬の念を集められてましたわ、ふふ」


「…………」


 見事なまでの返り討ちに遭った。うっわ、だから初対面のときに『存在は有名』とか言われちゃったわけか。黒歴史がスーパーブラックヒストリーになっていく……

 とはいえ、美佳さんも真希さんも瑠璃さんも、俺をからかってるようには見えない。


「あたしが水泳をやめずにいられるのも、すみれっちのおかげなんだし……」


 美佳さんが、天井を見上げしみじみとそう言うと。


「それなら、クラスになじめなかったわたしが、今ここにいられるのも……すみれちゃんのおかげです」


 真希さんがそう後追いして、お冷やのグラスを動かし。


「あらぬ疑いをかけられたわたくしを、最後まで信じてくださったのも、すみれさんだけでしたわ……」


 瑠璃さんがおしぼりを力強く握りしめたまま、つぶやいた。


 話が見えないが……どうやら三人とも、妹に何かしら感謝していることがあるんだろう、ということだけはわかった。


「……だから、すみれちゃんには笑っていてほしいんです」


 真希さんの言葉に、残り二人が頷く。……いや、みんなでこっち見んな。しかも茶化すような目線じゃない、真剣だ。

 まだ茶化されたほうがよかった。本気の包囲殲滅陣には勝てない。こっちの兵力も三万くらいくれよ。


「お待たせいたしました。ブレンドコーヒー、ミルクティー、カフェカプチーノ、そしてアイスコーヒーです」


 その瞬間、孤立無援な俺に援軍到着。救世主は注文の品を一度に持ってきていた。すげえ、始めて一週間でこれとは、おまえ天職じゃないのか。


「……なーにを、話していたのかなー?」


 疑いの目つき、ややとげのある口調。接客業にあるまじき態度の店員に、思わず四人全員が吹きだした。


「おまえが、四天王最強だという話だ」


「……??」


 俺の説明に、妹は首を傾げるばかりだった。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


「……うーん、でもすみれっち、やっぱ目立ってるよねー」

「うん、あそこの若い男性客、さっきからずっと、目ですみれちゃん追ってるよ」

「あら、あそこの同僚らしき男性も、視線がすみれさんに釘付けですわよ?」


 妹が伝票を置き、立ち去ってからすぐ。三羽烏が店内の視線事情を冷静に観察していた。俺はあえて無言を貫かせてもらう。


「こ・れ・は、すみれっちナンパされちゃうかもねー」


 美佳みかっぱさんの言葉に、アイスコーヒーを吸う俺の口が一瞬止まる。


「あらあら、そうしてすみれさんは、騙されてしまい堕ちてゆくのですわね……」


 瑠璃ディーさんの言葉に、ストローぐちから空気が逆流していく。


「すみれちゃんが危険な目に遭わないように、お兄さん……ちゃんと見ててあげてくださいね?」


 真希マキさんの言葉に、思わず声を上げる。


「……君たち、遊んでる?」


「「「少しだけ」」」


 少しだけ、じゃねえよちくしょう。五虎将軍だったら最弱は俺だわ。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 街灯がところどころ切れている、やや薄暗い夜の道を、白い吐息とともにほてほてと二人で歩く。

 街灯が切れている代わりに、今日はやたらと星が夜空に輝いている。まるで星に見守られているかのようだ。


 結局、妹のバイトが終わるまでROODルードに居座ってしまった。


「……ねえ。今日はみんなとなにを話してたの?」


 妹はご機嫌四十五度くらいである。


「なに話してたって……どうせおまえ、聞き耳立ててたんだろ」


「残念ながら全部は聞いてない」


 カマかけるまでもなかった。苦笑いしか出ない。


「……まあ、楽しい友達だな。もっと早く家に呼べば良かったのに」


「………………」


「…………どうかしたか?」


 突然黙り込んでしまったので、何かあったのかと思いきや……


「……だって、家に呼んだりしたら、兄貴が目移りするんじゃないか、っていう不安が……」


 言いにくかっただけらしい。妹はそう言ってから、プイッと顔を背けてしまった。……あ、耳が赤い。


「はあ? 目移りって、なんだ?」


「……だって、みんなかわいいし……」


 ……ああ、そういう意味か。そうだな、みんな確かにかわいいから。


「まあ、あと15年早く知り合っていたら、わからんかもな」


「……なにそれ」


「15年前に知り合ったのが、おまえだっていうことだ」


 目移りとかのレベルじゃないな。妹はひとりで充分だ、少なくとも俺は。そう思っても口には出さないけど。


「……ん。今は、もうそんな不安はないよ」


 すりよる妹をそのままにして、ひたすら歩く。もうすぐ雪が降りそうなくらいの寒さだ。


「俺は、たまたまおまえの兄だっただけかもしれないけどな」


 自分への自信のなさがそう言わせてしまうのだろうか。ちょっとした自虐ではあるが、その言葉を聞いた妹が、ギュッと俺の左腕をつかんできた。


「兄貴に『たまたま』はあっても、わたしには、『たまたま』は、ないよ」


「……あ?」


「わたしが選んだの、全部。行動も、この気持ちも。……だから、わたしは兄貴の妹に生まれたんだ、きっとね」


「……難しすぎてよくわからん。哲学か?」


「そのうちわかるから」


「……そうか」


 そのうち、ね。そのうち……そのうちって、いつなんだろうな。明日のことですらわからないのに。

 ま、そんなことに思い悩むのも、カロリーの無駄遣いかな。


 そんな気がして、俺は考えるのをやめた。


「だいいち、わたしに『たまたま』があったら、妹じゃなく弟になってるし」


「下ネタやめい」


「いたっ。もー、叩かないでよ!」


 二人で軽く笑いあう。


 もう少し、気づかないふりをさせてくれ。……なあ、冬の星空さん。


 …………


 ……あ。ケーキを頼むのを忘れてたことに、気づいてしまった……




「わたしだけの…………お兄ちゃん」

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