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運命の多大なる悪戯

 きょうから、新学期。


 夏休みの余韻も抜けないまま、久しぶりに登校の準備をする。どんな手順で準備をしていたのか忘れるくらいだ。


「あ、兄貴、待ってよ。一緒しよ」


 ひとりで登校しようとしたが、妹が気づいて声をかけてきた。

 ……昨日の言葉を気にしてる俺がバカみたいだな。とりあえず忘れよう。気にしても仕方ない。


「久しぶりだね。並んで通学」


「…………そうだな」


 久しぶりに制服姿の妹と並んで歩く通学路は、なんとなく落ち着かない。


「兄貴は、いよいよ勝負の季節だね」


「……ああ。受験も高校生活も、あと半年を切ったな」


 俺自身の未来に関する不安は、薬学部を目指すという目標の出現により、嘘のように小さくなっていた。代わりに大きくなった不安は……家族としての未来。


「兄貴、なんだか大人っぽくなったね」


「……そ、そうか?」


 変なことを悩んでいるのを見透かされたような気がして、返事でどもってしまった。どのあたりが大人っぽくなったのか、全く心当たりがない。


「うん。今の兄貴は、本当に大人だな、って感じするよ。抱かれてもいい」


「阿呆」


 複雑な感情をごまかすかのように、妹を軽くこづく。


「いたっ。……あーあ、兄貴に先に大人の階段、登られちゃったなー」


「人聞きの悪いセリフ言ってんじゃねえ」


 またこいつは、他人に聞かれたら誤解されそうなことを。


「兄貴が大人になるときは、わたしと一緒だと思ったのに」


「……それはどういう意味だ」


「んふ、決まってるでしょ? ついでに一緒に絶頂まで、いっちゃう?」


 襲われそうなので、俺は無言でこいつと離れて歩いた。最近のこいつの発言は、どこまで冗談でどこまで本気かわからん。


「……兄貴、なんで距離とってるの」


「身の危険を感じたから」


「やだなー。合意の上じゃなきゃ、そんなことしないよ」


 ……ふむ。つまり、俺がその気にならなければ、身の安全は確保されるわけだな。


 俺がその気に……ならなければ。


 意志を強く持たねば。改めてそう思わされた、通学時間だった。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 新学期が始まって早々に、担任との進路相談が行われた。授業をまるまる二時間分潰してのイベントである。当然、面談中以外の奴らは自習だ。出席番号順なので、俺の番はわりと早かった。


「……そうか。まあ、倉橋なら大丈夫だろう。もう少し詰めれば安全圏まで行けそうだしな」


「……がんばります」


 担任に、志望学部を薬学部に変更する旨を伝えたら、割とあっさりした返事だった。もともと志望していた理学部化学科とは、あまり偏差値的な開きはないからだろうか。ただ、試験の教科は増えるのだが。


「そうだな。化学だけでなく、これからは物理もがんばらないとならないな。……よし、では今日は以上だ」


「ありがとうございました。失礼します」


 とりあえず面談が終わり、仮の面談室として使われている会議室から、自分の教室に戻ろうとしたとき。


 俺達兄妹の、これからの運命を大きく変えることになるアナウンスが、校内に響きわたった。



 ピンポンパンポーン。


「生徒のお呼び出しをいたします。一年D組の、倉橋すみれさん。三年B組の、倉橋将吾くん。至急、職員室までお願いします」


 ピンポンパンポーン。



 ん……? 俺だけじゃなく、すみれまで……?

 まだ授業時間内だよな。しかも、兄妹揃って呼び出されるとは、ただごとではない……はずだ。


 イヤな予感が瞬時にわき上がる。

 俺は会議室を出たその足で、隣の隣にある職員室に、慌てて駆け込んだ。


 ガラッ。


「放送で呼び出された倉橋です! 何かあったんでしょうか?」


 放送が終わってすぐに職員室に飛び込んできた俺を見て、教師陣はびっくりしたようだ……が。


「倉橋。おまえの父親が、倒れて病院に運ばれたと、連絡があった。西部総合病院らしい。すぐ向かいなさい」


 おそらく放送を担当したであろう、生徒指導の先生が、早口でそう伝えてくれた。


「!!! ……わかりました」


 俺が手短にそう言ってすぐさま職員室を出ると、俺と同じように何かを感じて廊下を走ってきた妹が、慌てて駆け寄ってくる。


「兄貴! 何かあったの?」


「オヤジが倒れて、西部総合病院に運ばれたらしい。俺たちも行くぞ」


「……えっ……」


 俺の言葉を聞いて、一瞬で顔が青ざめた妹は、廊下に立ちつくしてしまった。俺は妹の手を引き、そのまま駆け出す。


「お父さんが……倒れた……?」


「……なに、過労で倒れたんだろう。とにかく行かなきゃわからない。鞄なんて後回しだ、西部総合病院へ、早く!」


「う、うん……」


 学校を出た後、近くのタクシー乗り場まで走り、妹と二人で乗り込む。


「……大丈夫だよね、お父さん、大丈夫だよね……お兄ちゃん……」


「……ああ。大丈夫だ」


 タクシー内で震えながらそう繰り返す妹の様子を見てしまっては、根拠もなく断言することしかできない。……そう願うしか、できない。


 おふくろにスマホから電話してみるも、通じない。すべての信号をぶち壊してしまいたいくらい、もどかしい時間だ。



 ……ただの過労だよな。大したことないよな、オヤジ……

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