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妹とぱっつん前髪

「……土曜日まであと四日か…朝なんて来なければいいのに……」


 春から夏へ移り変わろうとする準備の季節。相変わらずけだるい朝の起き抜けに洗面台へ向かう俺。だが先客がいた。


 ぶおおおお。

 

「あ、あ…き、…はよ……」


 先客は髪をブローしている妹だった。ドライヤーの轟音にかき消されて何を言っているのかわからない。


「おはよう。なんだ、今日は朝に髪洗ったのか」


 傍らにあったタオルが濡れていることに気づいて、俺は騒音に妨害されつつもそう尋ねてみると。


 カチン。

「とんでもない寝癖がついていたから、ビビって洗った」


 ちょうどブローが終わったらしく、ドライヤーのスイッチを切ってから妹が返事してきた。

 妹イヤーは地獄耳、俺が何を話したかちゃんと聞こえていたとは悪魔並みだ。


「鼻にティッシュつめて人前に出る奴が、なぜ寝癖を気にするんだ」


 俺は前から疑問に思っていたことをこの際訊いてみる。こいつは、何があろうと必ず髪の毛だけはきちんと手入れしているのだ。

 ただでさえ美少女のこいつが『超絶』の冠名をつけて呼ばれる理由の半分くらいは、この艶々とした長い黒髪のせいだろう。


「髪だけは、髪だけは譲れない!絶対に」

「まあ女の命だからな……メンテは大変そうだが」

「うん、朝の貴重な時間を四十分も消費した」


 髪のセットに四十分もかけるのが普通の女子なのだろうか、それともこいつだけなのか。それすらもわからない俺は、自分にその手間が必要ないことを喜ぶしかあるまい。


「男でよかったわ俺。十分で終わるし」

「……うちの父親の頭を見て、男でよかったと言える兄貴を尊敬する」

「やめろ。何年後にくるかわからないテロにおびえさせるな」

「テロじゃなくて、長い長い戦いだと思うんだけど」


 そんなウィットとユーモアに富んだ兄妹の会話を終え、いつも通りの準備をして家を出ようとしたら妹も後を追ってきたので、ついでに一緒に登校した。


「……お前、髪伸びたよな」

「ん。ちょーっとばかり鬱陶しく感じるときはあるけど」


 そう言いつつ、妹が髪をかき上げる。


「まあ、似合ってないことはないし、いいんじゃないか」

「ほめかたが回りくどい。●三点」

「点取り占いとはまた誰もわからないネタを……」


 髪をかき上げるこいつの癖。

 たくさんあるこいつの癖の中でも、この髪をかき上げる癖が、俺は一番好きだ。


 だが、何で好きなのかは説明できない。ボキャ貧なめんな。


「お前が髪の毛伸ばしはじめたのって、確か中1くらいのときからだっけ」

「正確には小6からね。毛先そろえたりはしてるけど、まあそのぶん体重増えたよ」

「その分だけかよ……なんで伸ばしはじめたんだ?」

「ひ・み・つ。乙女はたくさんの秘密でできているんです」

「学食において、みんなの前でラーメンのスープに躊躇なくライスぶち込む乙女ってすごい」


 登校しながら少し話をする。今日は時間的な余裕はある。軽口くらいはお手のものだ。


「えっ? あれって、“カッ〇ヌード〇ぶっこみ飯”発売で市民権を得た食べ方じゃなかったの?」

「……学食で、あの食べ方を他にしている奴を探してみろ。見つかるならな。あと伏せ字の位置が意図的だろお前」


 乙女の秘密より、乙女の残念さを探した方が早く見つかるんだろうな。こいつを見てるとそう思う。


―・―・―・―・―・―・―


 そんなこんなで学校もまたまた終わり。

 特に寄り道するモチベーションもなく、俺は素直に帰宅して、いつも通り居間でだらんとしていた。


 妹はどうやら寄り道をしていたらしく、家に帰ってきたのは、外も暗くなろうかという時刻。

 日も長くなったななどと思いつつ、玄関のドアの音を聞いて……


 ………………


 …………


 ……ん?


 待てども待てども、一向に妹が姿を見せない。

 直接部屋に戻るにしても、居間の脇を通らないとならないので、わからないはずはない。


 なにかあったのだろうかと、寝ころんでいたソファーから身を起こして、立ち上がろうとした刹那、妹が姿を現した。

 なぜか、恥ずかしそうにおでこを両手で隠して。


「……兄貴、ただいま」

「おかえり。どうした、おでこおさえて」

「…………美容室寄って前髪揃えてこようと思ったら、切られすぎた」


 どんな理由で、こいつはいつになく恥ずかしがっているのだろう。いつものこいつを思うと、違和感しかない。


「……別にそんなに気にする必要はないんじゃないか。どれ見せてみろ」

「や、ちょっ……! やだ、恥ずかしい、やめてってば!」


 おでこをおさえている両手を掴んでどかしてみようとする。妹は本気で抵抗しているのか、力が強い。目は涙ぐんでいる。


「……兄貴……ひどい……」


 手を掴んでどかした後にそんなふうに言われ、なんだか悪いことをしている気分になってきた。

 が、確かに前髪は眉がはっきり見えるくらいぱっつんになってはいるが、これはこれでキュートだぞ。


「なんだ。そんなに変なのかと思っていたら、全然おかしくないじゃないか。違和感もないし、似合っていると思う」


 悪いことをしているような罪悪感と、朝にダメ出しされた反省と、両方の意味も込めて、思ったままをストレートに言葉にしてみた。

 涙ぐみながら下を向いていた妹は、俺のその言葉を聞いて、潤んだ瞳で上目遣いにこっちを見てきた。あざとい。


「本当? 本当に、そう思う?」

「俺が嘘をついたかどうかなんざ、お前には全部お見通しだと思うんだが、そんなことを聞く必要あるのか?」


 それでも妹は上目遣いをやめず、じっとこっちを見たまま沈黙している。


「……本当だよ。似合っている。自慢の妹だ」


 負けました。


 俺の敗北宣言を聞いて、ようやく妹の顔が柔らかくなった。


「……えへへ、よかったあ。“こけしみたいに、前髪そろえてください!”って美容室でお願いしたら、こんなになっちゃって……」


 その美容師さん、めちゃ腕が立つんじゃないか、と思ったのは口に出さないでおこう。


「……ったく、そんなに気にしてたのか。安心しろ、他がどう思うかはわからんが、俺は素直にそう思うから」

「うん。兄貴がそう思うなら、それでいいから」


 なんだか、やたらと妹が上機嫌になる。

 うん、やはりこいつはこうでなくちゃな。


 笑っていてくれ、妹よ。



 ずっとな。




―・―・―・―・―・―・―




 思い返すのは、四年前の記憶。



 お兄ちゃんが、私の髪をかき上げながら、言ってくれた言葉。


『お前の髪って、サラサラで綺麗だよな』

『長い髪も、きっと似合うと思う』


 深い意味はなかっただろうけど。

 その言葉だけは、裏切りたくないんだよ。



 ずっとね。

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