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風流な夏

「蝉時雨 ああ蝉時雨 蝉時雨  すみれ」


「……なんだそりゃ」


「俳句!」


「……確かに、蝉時雨って季語だろうけどな……」


 突然俳句とか言い出す妹。暑いから仕方ない……いや、暑さ関係ないや、こいつは。


「蝉時雨をうるさいと思うか風流と思うかで、その人の教養が現れる気、しない?」


「しない」


「蝉時雨 バカなあいつにゃ 騒音だ  すみれ」


「………………」


 いきなり句会かよ。まったく、この突拍子もない妹は、びっくり箱よりたちが悪い。


「寝ていても 夢に出てくる 追試かな  すみれ」


「季語がないぞ」


「いいんだよ。川柳だから」


 ため息が一つ。何をやりたいのかね、この妹は。単に遊んでるだけか?


「……おまえが作るのは、すべて狂歌にジャンル分けしたい気分だ」


「うまい棒 なっとう味が 売ってない 好物ばかり 販売中止  すみれ」


「社会風刺が販売中止かよ……」


「えー、うまい棒の最高傑作でしょー、なっとう味は!」


「……俺はサラミ味のほうが好きだ」


「なに一般人を気取ってるのよ、兄貴」


「俺は一般人だわ!」


「変態の 皮をかぶった 兄貴でも 一般人を 名乗れる世界  すみれ」


 グリグリグリ。


「いたたいたたいたいいたいやめて兄貴ウメボシはやめてごめんなさいわたしが悪うございましたやめてってば!」


 ちなみにウメボシとは、両手のげんこつをこめかみに当ててグリグリする罰である。倉橋家の伝統罰らしい。


「……反省したか」


「はい。間違いでした。兄貴が皮をかぶってるのは一カ所だけ」


 グリグリグリ。

 どうやらやられ足りないらしい。追加罰だ。


「あっちょっいたいいたいやめてやめて兄貴ごめんなさいやめてもっとやめて」


「……もっとやっていいのか?」


「いや、初体験って痛いって聞くから、こんな感じなのかと」


 グリグリグリグリグリグリ。

 まだわからないようだ。では、マックスパワーでウメボシをしよう。


「あ゛〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」


 キジも鳴かずば撃たれまい。こいつにはキツいお仕置きが常に必要だ。……あと俺は皮かぶってないからな。本当だ。本当だぞ。


「ふしゅうぅぅぅぅぅ…………」


「まったく、突然に句なんか読み始めやがって。何考えてんだ」


「……んー、もうすぐ夏も終わりだなー、って思ったら、なんとなく風流な感じになってきちゃって」


「風流のかけらもねえ狂歌じゃねえか、詠んでたのは。だいいち、夏休みはまだ十日残ってるぞ」


「永遠に比べれば、十日なんて短いじゃん」


「比較対象がおかしい。十日あれば、ひと夏の思い出くらいすぐできるぞ」


「ひと夏の経験?」


「それだと意味深になるからやめろ」


「夏がすぎたらおしまいー」


「……まあ、それも風流かもしれないけど」


 言葉に詰まって苦しい返しになってしまった。ひと夏の経験が風流なら、世の中風流人が増殖するぞ。


「………………」


「………………」


 にらめっこしてるような空気を、妹は軽いほほえみで叩き壊した。


「ふふっ……わたしは『ひと夏の経験』なんて求めないな」


「…………」


「ひと夏の 経験なんて くそ食らえ 求めたいのは 永遠の愛  すみれ」


「……おまえにしてはまともなほうだ」


「お褒めいただきありがとうございます」


「………………」


 褒めてはないけどな。しかし、永遠の愛…………ね。


「……ね、兄貴。永遠って、憧れるよね」


「永遠なんて、この世に数えるくらいしかないぞ」


「家族の絆は、永遠じゃないの?」


「…………さあな」


「えー。……永遠は、信じるから永遠なんでしょ?」


「……信じる?」


「愛も、家族の絆も……兄妹の絆も、永遠だよ、信じられるなら。兄貴は……信じられない?」


「………………わからない。でも、信じたい気持ちはある」


「……ん。ならきっと、それは永遠だよ」


「………………」


 人の命が終わっても、そこに残るものがあるならば。それはきっと、遺志を継ぐ人がいる限り、永遠なんだろう。


「永遠か。いいかもな」


「そうだよ。絆も、きっと永遠」


「………………」


「…………ねえ。家族の絆に、永遠の愛を重ねたら……それは永遠を超えるのかな」


 ――何やら哲学的な話になってきたな。理系の俺には、難しすぎてよくわからない。


「…………永遠を超えるって、なんだろう」


「わたしもよくわからない。でも、永遠の二つ重ねだよ? ただの永遠じゃないよ」


「………………」


「……いつか、永遠を超えたいな」


 永遠を超える、か。

 それは果たして幸せなのか、そうでないのかはわからないけど。

 ――なんとなくこいつの穏やかな笑顔を見ていると、それは極上の幸せなのだろうとしか思えなかった。


 そう、このときの俺には、永遠が人を悩ませることもあるということが、想像すらできなかったのだ。

 永遠なはずの、家族の絆に、翻弄される未来も。




「永遠に 一緒にいてね お兄ちゃん  すみれ」

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