妹と海2
「ほれ。焼きそば特盛りマヨネーズ付きだ」
「わーいありがとー!」
とりあえず、俺たちは適当な海の家に来た。しかし混んでるから、席が空いてない。店の外に出よう。
「兄貴、青ノリちょーだい」
「いいけど。……おまえ、青ノリだらけじゃないか、焼きそばが」
「焼きそばと青ノリは切っても切れない関係でしょ?」
歯につくぞ、と言いたいだけなんだが。こいつが青ノリを歯につけてる姿を想像する。……なんかシュール。
「……ま、いっか。いただきます」
「いただきまーす! ……ん、ペ〇ングもいいけど、こういうとこで食べる焼きそばはまた違った趣があるねー」
「……いや、ペヤ〇グと比較するなよ」
要はこいつは、焼きそばならカップだろうが生麺だろうが関係ないわけか。
……頼むから音を立てて焼きそばすするな。上品に食べろとは言わないけど。
「ごちそうさまでした。とりあえず満足したよ」
「そりゃよかった。……おまえ、食べるの早すぎないか?」
「兄貴が遅いだけじゃない。…………あっ、こんなところにキャベツが」
妹が俺の口元に手を伸ばし、くっついていたらしいキャベツをつまんだ。
「ん、ああ、悪い」
「…………ぱくっ」
頬を少し赤くして、妹がつまんだキャベツを口にする…………おい。
「ん、おいしいキャベツ。兄貴の味がする」
「……するわけねえだろ」
「可愛い可愛い妹は、兄エキスを摂取して生きのびているのです!」
……兄エキスとか初耳な健康成分だぞ、発売したら誰が買うんだよ。購買者が身内限定じゃねえか。市場価値皆無。
「……なんだそのエキスは。それじゃ、妹エキスとかもあるのか?」
「もちろん! 妹エキスは、兄しか味わえない貴重なエキスだよ!」
「じゃあ味わわせてみろ」
「仕方ないなあ、特別だよ? ……んー♪」
妹は何を思ったのか、目を閉じて唇を突き出してきた。……俺にどうしろというのだ。
「……何のまねだ、おまえ」
「だから、妹エキスの味見。はい、どーぞ」
「いや、はいどーぞ、って言われても」
「妹エキスは、口からしか補給されない、貴重なエキスなの!」
なるほど。だからほとんどの兄は、存在すら知らないわけだな。俺が知らないのも当然だ。納得。
「……こんな公衆の面前で補給できるか、阿呆」
妹が突き出してきた唇を、人差し指ではねる。デコピン……とは言わんか。この場合、なんて言うんだろう。
「いだっ……もー、遠慮しなくていいのにー」
「人前では未来永劫にご遠慮願いたい」
「じゃあ二人きりのときに……あ、二人きりなら、上じゃなくて下の」
べちん。
妹を大事にするとか言いながら、思わず力が入ってしまった。これもみんな海のせいだ。
「兄をおちょくるな。ほら、かき氷にいくぞ」
「はーい。残念」
「……もしそんなんしちまったら、俺は首くくるからな」
真剣に。真面目に。
「……ごめんなさい。冗談です」
「わかりゃいい」
これ以上不意打ちでドキドキさせるのは許さん。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「あー、一年分遊んだよー!」
「……遊びすぎて疲れた」
結局、俺と妹は、日が暮れてくるまで海で遊んでいた。俺、受験生なのにこんなんでいいのだろうか。
「兄貴、勉強ばっかで体力落ちてるんじゃない?」
否定できん。健全な精神は健康な肉体に宿るのだ。体力づくりもしなければ。
「……ま、いい気分転換にはなったわ。それじゃ、そろそろ帰る準備するか」
「うん。今日は楽しかったよー」
さすがに日も暮れてきた時間となっては、人もまばらになってきた。着替えて帰ろうとして、フナムシがいそうな岩場の陰を横切ったその時。
「……兄貴、なんか声が聞こえてこない?」
「ああ。………………まさか」
妹と二人で岩場の陰の隙間を覗くと、そこにいたのはフナムシではなくカップルだった。
「……やっぱり」
「わ、わ、わ、ちょっ、すご、えっ、なに、あれ、きゃっ」
ヤってやがる。いや、下品だな。おやりになってらっしゃる。これも海のせいか。
そして妹は指を広げたまま、手で顔を覆った。……すべてがお約束すぎるな。
「……行くぞ」
「う、うん」
しばらく金縛りにあっていた俺たちだったが、こんなのをこいつに見せられんと思い直し、妹の手を引っ張って、その場を逃げるように離れた。
「……………………」
「……………………」
気まずい。気まずすぎる。あんのバカップルめが、こんなとこでいたすな。海が嫌いになりそうだぞ。
「…………ね、兄貴」
「…………なんだ?」
「兄貴は、あんなこと、したことある?」
吹いた。思い切り吹いた。
「あるわけねえだろ!」
……ある意味童貞宣言だな、これ。まあ別によかろう。
「……そっか。よかった」
「……何がよかったのか意味不明」
「なんでもなーい。ふふっ」
「……まさかおまえは既に……」
ドゴッ。
俺は膝をついて悶絶した。みぞおちはやめろ、みぞおちは。
「そんなわけないでしょー! 人をバカにしてんの兄貴は! このすかぽんたん!」
「……吐きそう。おまえな……思いっきり急所攻撃しやがって……」
「あ、ご、ごめん。でも、ヘンな疑いかけないでよね。わたしはまだ処女だよ」
そのひとことで吐いた。さっき食べた焼きそばが、もんじゃ焼きになって出てきた。
「あ、兄貴! ごめんなさい、本当にごめんなさい!」
「……物理攻撃より精神攻撃のほうがきつかった……」
「……???」
まあいい。吐いたら楽になった。暗くなる前にここから去りたい。
「……………………」
「……………………」
だが、またまた無言。気まずさは失せず。何を話していいのか、まったくわからんわ。これだから童貞は。
「…………わたしも、兄貴もさ」
「……ん?」
「いつか恋人ができたら、ああいうこと、するのかな」
さっき下品な言葉で兄をおちょくっていた妹が、全然違う態度でそんなことを言ってきた。生々しさにやられたか。
「まあ、するんだろうな。そのための恋人だろうし」
「わたし、他人とはあんなこと、ムリ」
「いや、他人じゃなく恋人だろ」
「他人じゃん」
わけわからん。恋人ですら他人か。他人じゃないってなんだ。
「……じゃ、誰なら他人じゃないんだ」
「……家族とか?」
「家族は普通、あんなことしない」
「……………………」
妹がそれきり黙ってしまった。ちょっと待て、いったいどういう話の流れなんだよ。
「……ああいう行為はな」
仕方ないので、気まずさより会話を選んでみるか。
「お互いをよく知らない者同士が、お互いをよく知るためにする行為じゃないか?」
「…………」
「家族はな、あんな行為をしなくても、分かり合えるんだよ。だから、する必要ないんだ」
「……兄貴とわたし、みたいに?」
「ああ。そうだな」
「……わたしのこと、押し倒したくせに」
ぐはっ。
「正直すまんかった。……あれは忘れてくれ、別にそういう行為をしたかったわけじゃない」
「…………ふふ、ふふふっ。そうだよね。わたしより兄貴のこと知ってる人なんて、この世にいないし」
ちょっと妹の雰囲気が変わった。……最近、妹のことが少しわからなくなってきた。何がどうなってこうなったのだ。
「……おう。その逆もそうだと思いたいよ」
自分の自信のなさがセリフに出てしまう。いつから俺は、こんなにこいつのことがわからなくなってしまったのだろう。以前は妹マイスターを名乗れるくらいだったはずなのに。
「……なんでそんな自信なさげなの?きっぱり言い切ってよ、そのくらい」
「ああ。……きっぱり言い切れるよう、自分に自信をつけたい」
「そっか。……ん。自信をつけられるまで、わたしは兄貴の大事な大事な妹でいてあげるよ」
「おう。よろしく頼む」
……自信か。
もし俺が、その自信を取り戻したら。こいつは、ただの大事な妹じゃなくなるのかな。
妹に手を引かれ、夕暮れの海辺を歩きながら、俺は漠然とそんなことを考えていた。
その答えは、いつ出るのだろう。近い未来か、遠い未来か。もしくは……
「いつか、お兄ちゃんが苦しまずに、わたしが幸せになれたら、いいな……」




