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妹と新婚さんみたいな朝食

 夏休みの夏期講習、無事終了。


 あとは、自宅で頑張る……つもりだ。頑張ることができるかはわからん。

 とにかく、今は少しだけのんびりしたい気がする。受験生にもストレス解消くらい必要だろう。


 というわけで。


 本当の夏休みがきた初日そうそうに、寝坊した。起きたら既に十時。


 部屋から出てリビングへ向かったら、オヤジもおふくろも既に出かけていて不在なようだ。そして、妹はなぜかエプロン姿で朝食の準備をしていた。

 今日はこいつより起きるのが遅かったか。たるみすぎた。


「あ、おはよう、兄貴」

「おはよう。おまえはこれから食べるのか?」

「うん。兄貴の分のベーコンエッグもあるよ、はいどーぞ。一緒に食べよ?」

「……ありがとう。そうだな。じゃ、俺もいただくか」


 起きてすぐに妹から受けたお誘いを快諾した俺は、テーブルにひっくり返してあった自分のご飯茶碗を手にし、ジャーからご飯を盛って、いつもの席に着席した。


「あ、みそ汁はわけてあげるね」


 妹がみそ汁をわけてきてくれた。今日は豆腐とわかめか。好きな具だ。


「すまんな。では、いただきます」


 まずはみそ汁をズズーッと。……なんかいつもと味が微妙に違うな。普段は合わせ味噌を使っているが、今日は俺の好きな白味噌だ……ひょっとしたら。


「今日、おまえが作ったのか?みそ汁」


 妹がニコニコしながら俺がみそ汁を飲む姿を見ていたのに気づいたのは、そうセリフを言い終わった後だ。


「ぴんぽーん。一応全部わたしが作りました。妹の愛情たっぷりの朝食、召し上がれー♪」

「……はいはい。ありがとな」

「つれなーい。……ふふっ」


 なるほど、だからエプロンしていたわけか。ちょっとシンプルなエプロンだが、悪くない。エプロンの下が夏用スウェットなのは、今だけ目をつぶろう。


 ベーコンエッグにみそ汁に、千切りキャベツ。まあ我が家の普通な朝食だ。特に手間はかからないとは思うが、それでも出てくることに感謝はしないとな。


「ねえ、おいしい? おいしい?」

「……これはこれで悪くない」

「もうちょっと素直にほめられないものかな?」

「というか……このメニューでどうお世辞を言えと」

「お世辞言えとはいわないけどね。ただの朝食じゃないよ、兄貴の胃袋をつかむために愛情たっぷり」

「……その愛情は何キロカロリーくらいだ?」

「胸焼けするくらいだよー。幸せ太りするかもね?」


 二人で笑った。こんな距離感に戻れたことがただただ喜ばしい。やはりこうでないと落ち着かないわけで。


「わたしも食べようっと。いただきまーす。やっぱり目玉焼きにはマヨネーズだよねー」


 出たな、マヨラーめ。こいつ、マヨネーズだけでご飯三杯はいけたはず。

 ……ベーコンエッグに大量のマヨネーズをかけるのを見てるほうが、はるかに胸焼けしそうだ。早く食べ終わろう。


「……ごちそうさま。みそ汁、美味かったぞ」


 食べ終わって茶碗を片づけてから、妹の頭を軽く撫でて、感謝を示した。

 好みの具に好みの味付け。愛情は確かにこもっていたよな。


「……お粗末様でした。えへへ、嬉しい……」


 俺が撫でたところを両手でおさえながら、妹が極上のにへら顔になった。本当に可愛いやつめ。少しだけ力を強くして撫でてやろう。


「なんだか、自分の大事な人に料理を作る幸せがわかった気がするよ、わたし」

「……そうか。まあ俺も……」


 胃袋をつかまれるのも悪くない、と言いかけてやめた。照れくさい。

 大事な人……か。そりゃ家族だ、当然だ。今さら再確認するべきことではない。


「…………俺も…………なに?」

「ん、いや。毎日おまえのみそ汁でもいいぞ、俺は」

「あはは、プロポーズみたいだね。『毎朝、おまえのみそ汁が飲みたい!』なんちゃって」

「ぶはっ!」


 うかつだった。話の先読みをできるように修行せねばならない……としてもだ。


 ――――とにかく不意打ちにドキドキするのはセーフなんだよな、セーフ。


 自分に三回そう言い聞かせて、自分の心を落ち着かせる努力をする。近くに鏡がないと、落ち着いたかどうかが自分ではわからないのが難点だ。


「もう、仕方ない人…また作ってあげるね、あ・な・た♪」


 ぺちん。

 見事な音を立てて、調子こいていた妹のおでこに俺の手のひらが引っ付いた。


「……悪ノリはそのくらいにしとけ」

「いたい……兄貴、ノリ悪くなったね」

「そりゃ、受験生だからな」

「なにそれ」


 とりあえずドキドキ展開を無理矢理に抑え込まねばならない。そう本能で悟った俺は、破綻した理屈で強制的に会話をシャットダウンさせた。こいつにペースを握られないように。


「さて、朝食も食べ終わったことだし……」

「……ことだし?」

「夏休みを満喫しよう」


 ごろん。

 だらけ宣言をしたので、俺は気兼ねなくリビングのソファーに横になった。だらけた生活万歳。戦士にも休息は必要だから、このくらいは許してほしい。


「なにそれ」

「無駄な時間も、リフレッシュには重要なんだよ」

「……リフレッシュなの、それは?」

「心の洗濯と言いかえてもいい」

「意味同じじゃん。じゃ、わたしも満喫する」


 妹も向かいのソファーにごろんとなった。こいつの指定席である。

 夏休みとはいえ、真っ昼間から兄妹そろってソファーで寝そべるのもどうかとは思うが、無駄な時間を少しくらい過ごしてもまだまだ休みは長い。油断しきった思考の中で、エアコンの快適さに身を任せながら、無我の境地に達するべくだらけるのもおつなものだ。


「……のんびりー。極楽ー」

「おまえは夏休みに入ってから、いつものんびりじゃないか」

「だって暑いんだもん。ひとりじゃ遊ぶ気にもならないし」


 妹の言ってることはわからなくはない。ないのだが、これだけの器量よしな妹がひとりで遊ぶか家でゴロゴロするかの選択肢しかないのは、何かが間違ってる気がする。間違ってるのは世間か、それともこいつかはわからんけど。


「……おまえなら、いくらでも遊び相手くらいいるだろうに」

「一緒に遊んで、わたしが楽しいと思える人なんてほとんどいないよ」

「そんなもんか」

「そ。兄貴と家で無駄話してるほうが、よっぽど有意義」

「おまえが色白な理由がわかったわ」


 外に出ないから、紫外線を浴びないんだな。納得した。引きこもるから美人度が増すが、それが世の中に知られない。なんとなく不条理。


「……兄貴が色黒にしてくれてもいいんだよ?」

「俺はヤマンバみたいなのは遠慮したい」

「そこまで極端にしなくても……健康的に日焼けできる場所へ連れてってくれれば」


 つまり、俺にどこかへエスコートしろ、と。

 で、どこに連れてきゃいいんだ。自慢じゃないが年頃の女子の好みなどは――いや、この残念な妹の好みなどはわからん。

 

「……まあ、みそ汁の礼くらいなら、してもよいぞ」

「ほんと? なら、明日泳ぎに行かない? せっかく夏だし」


 俺には詳しくないことを妹が自分から要求してくれたので、俺が悩む必要はなくなった。が、泳ぎ……水着……うっ、頭が……


「おまえ、水着が……あれか?」

「……あれは兄貴にしか見せない。実は、違うの買ってきたの」

「今度はエロい水着じゃないだろうな……?」

「うん。健全なものにした。散財がすぎたけどね、あは。……あの水着は、記念にとっとくよ」

「記念ってなんだ」

「秘密だよ、ふふ。まあとにかく、兄貴の高校生活最後の夏休みくらい、海に行こうよー」

「最後か……」


 最後――その言葉を聞いて、ふと焦燥感が心の底に顔を出す。繰り返す夏は、過ぎてしまえば遠くなる、か。どこかで俺たちを呼んでる声がする。それがどこからかはわからないけど。


「……そうだな。行くか。明日晴れたら」

「わーい、やったー! 天気は大丈夫だよ、しばらく晴れ続きだって」

「そうか。なら準備しないとな」

「今日は楽しみすぎて、夜眠れないかも。わくわく」

「おまえは遠足前夜の小学生か」

「失礼な。身体は大人ですー」


 相変わらずなこいつに少しあきれる。だから中身のことを言ってるんだっていうのがわからんのか、まったく。


 ―――それでも。


 もしも、身体が大人で、中身が小学生な人がいて、その相手を好きになったら。その場合、ロリコンに分類されてしまうのだろうか。

 ふとそんなくだらないことが、なぜかそのとき頭に浮かんだ。


 でも、俺には関係ないか。俺はロリコンじゃなく、シスコンだから。


 楽しそうにしてる妹を目の前にして、自分も浮かれてるようじゃ、そう自覚せざるを得ない。

 もう堂々と自覚してやるよ、クソッタレが。




「お兄ちゃんと、ひと夏の経験……なんてね♪」

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