妹とワンピースと水着
兄がかなりの朴念仁から、やや朴念仁に進化する話。二話継続の前編みたいになります。
終業式も終わり、夏休みがやってきた。
だが、受験生はすぐさま気を緩められるわけがない。午前中だけではあるが夏季講習があるため、うかつにだらけた生活もできない。
結局のところは、休みじゃないのと同じリズムになる。仕方ない、受験生なのだから。
そんな朝の早い俺とは裏腹に、妹のほうは夏休みを満喫していた。具体的に言うと起床時間において、だ。やつは俺が夏期講習に出かけても部屋で惰眠をむさぼり、俺が帰宅する頃は、遅めの朝食後のリビングゴロゴロタイムだ。もちろんだらしない姿で。
まあ俺が高1の時もこのくらいだらけてたような記憶はあるが、そういうのは端から見ると無性にイラつくものだ。夏休みなどないオヤジとおふくろが『早く起きなさい!』という気持ちも分かるな。
「ただいま」
夏期講習三日目。どうせいつも通りだろうと、たかをくくって帰宅後にリビングをのぞいたら、妹がゴロゴロしていなかった。どうした、天変地異の前触れか。
「あ、お帰り兄貴。待ってたよ」
「待ってた?」
しかも妹がだらしない姿ではなく、この前買った白のワンピースを着ているではないか。一張羅なはずなのにどうしたんだ。
「うん。兄貴にね、見てもらいたくて」
見てもらいたくて……? ワンピース姿をか?
いや、試着の時に見てるけどな。だがまあ、やはりこいつに似合わなかったら誰も着れないワンピースだな。うむ。兄バカ万歳。
「……ワンピース姿なら、もう見てるぞ?」
「そうじゃなくて。見てほしいのは、ワンピースの下だよー。新しく買ったから」
「……ひ?」
「やっぱりサイズ合わなくなっちゃってたから、思い切って買ったよ」
「……ふ?」
ワンピースの下って下着だろ?おい、おまえは兄に買ったばかりの下着を見せようと待ちかまえていたのか。しかしサイズ合わなくなるくらい成長しているのは嬉しい限りだ。兄として。あくまで兄としてだ。
「えへへ。こないだ、見たいって言ってくれたから……見せちゃう」
「……み?」
そう言いつつ、妹はワンピースをたくし上げてきた。白い何かが見える。
おい、俺は下着が見たいなんておまえに言った記憶がないぞ。
「じゃじゃーん!」
妹はたくし上げたワンピースを全部上に持ち上げ、脱ぎ捨ててしまった。白いブラと白いぱんつを身につけた妹を直視してはいけない、と瞬時に考えて目をそらす。
「初お披露目ー!この前買ってきた、水着だよー」
「……ん?」
水着? いやだって白かったぞ? ────ああ、白の水着なのか。
この間5秒。すべてを理解した俺は、視線を妹に再度向けた。
「……どう、かな?」
…………えっっっろ。
いやこれ下手な下着よりエロい姿なんじゃねえか。下着より面積小さいし、ボトムはなんかフリフリついてるし、サイドはヒモだし。
だいいち色がよくない。白のビキニとかエロすぎんぞコラ。これ濡れたら透けるんじゃねえの?
うん、俺が兄じゃなかったら間違いなく硬度上昇してるな。よかった、兄のメンツは保った。
「似合って、ない……かな?」
妹が自信なさげな顔になった。いやそうじゃなくて。……ああもう、仕方ねえな。
「エロい」
感じたままを素直に言うしかあるまい。
「え?」
「エロい。エロすぎる。兄として許しません。却下」
「……え?」
「おまえな、そんな水着で海に行ったら…」
ナンパホイホイどころじゃねえ、まさしくゴーカンマホイホイになるぞ……と続けようとして、妹の表情の変化に気づく。
────あ、小悪魔顔になっとるわこいつ。調子に乗らせてしまったか。
「……ふ、ふーん。で、似合ってる? 似合ってない?」
「似合う似合わない以前の問題だ」
「どういう問題なの?」
「そんなエロい水着、おまえには五年早いわ」
「えー?でも、買っちゃったもんは仕方ないし、今年はこの水着で悩殺しちゃおっかなー♪」
悩殺ときたか。こいつどっからこんな言葉仕入れてきたんだ。
「……誰を悩殺するんだ」
「まずは、目の前にいるひとりの朴念仁」
「……はい?」
「ねね、妹に欲情しちゃった?」
「それはない」
兄を悩殺してどうするおまえは。それ以前に、妹に欲情する兄など、兄でいる資格あるのか。
いきなり始まる挑発を常識的思考回路でかわす俺は、まさしく兄の鏡だ。
「えー? ならいいじゃん、別にこの水着で海に行っても」
「ばかやろう、俺は兄だから大丈夫なだけで、もし兄じゃなかったら…」
「なかったら?」
「ぐっ」
しかし、常識が口ごたえに負ける。ハナからこいつに勝てる訳なかった。言葉に詰まらされた時点で俺の負けだわ。
「ねーってば、どうなの?」
「……じゃあ、好きにしろ」
「……………え?」
「おまえがそれを着て海に行きたければ、そうしろ。それを着て友達と遊びたいなら、そうしろ。それを着てナンパされたいなら、そうしろ。もう俺は止めない。おまえの好きにしろ」
「…………………………」
というわけで、即座に開き直る。うっわ、自分で言っといてなんだが、負け犬の遠吠え感パネェ。
「その水着は、似合ってないことはない。誰が見てもそう思うだろう。ただ、俺以外の奴らには、少々刺激的すぎる」
「…………」
「……以上だ」
とりあえず、言いたいことは言った。
俺にうわべだけ取り繕うなんてことはできやしないので、こいつがどう受け取るかは任せることにしよう。
────気分は本当に負け犬だな。
「…………『俺以外の奴ら』、か……」
妹がそうつぶやいて、何やら困ったような嬉しいような複雑な表情をしている。
妹マイスターな俺にもよく理解できないこいつの胸中は、きっと本人もうまく説明できないとは思う。
「じゃあ、仕方ないね。ね、水着に着替える気ない?」
自分の複雑な胸中に折り合いをつけるためだろうか。妹がそんな提案をしてきた。
「俺もか?……何でだ」
「水着で、一緒にお風呂入ろうよ。お願い、おにーいちゃん♪」




