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面倒な奴の観察日記

作者: 宛路マリ


また、生き物が増えたな。面倒だ。


今回は犬だった。

灰色のくたびれた汚い犬だ。

別に飼うことには問題はない。

ただ家で飼っている他の生き物との相性が問題だ。

いや、今はインコが一匹だけだったか、なら大丈夫か。


家に持ち帰ってから、汚いから石鹸を使ってしっかりと洗った。

実験に影響のある物質を持ち込まれても困る。

それから奴には餌を与えた。

そこらへんにあったものを混ぜ込んだやつだが、流石雑食、空腹であればなんでも食べるらしい。

どうやら私を親と認識したようで、暇さえあれば私にひっついてくるようになった。実験の邪魔だからやめるように言うと、しぶしぶ実験中だけはやめるようになった。


同じ餌だけをそれから三日間与え続けた。


ある日気まぐれに、お手、と言うと、妙に慎重にお手をしてきた。

おすわり、というと、座った。座り方が少し不自然だったが。

三回回ってワン、というと、三回回ってから、わん、と言った。

そう、奴はわん、と言ったのだ。この場合日本語でいう犬の鳴き声の比喩としてのわん、ではなく、ひらがなのわん、である。

空耳だったと思いたいが。

試しに最後に、ちんちん、というと、それを聞いて若干恥ずかしそうにしてから普通に立った。

おい、そこを実際に隠すのをやめろ、そういう意味じゃないのはわかってるよな?


また面倒なことになったな、と思う。


そいつはいつもそばにいた。

座って読書をしている時も、食事をしている時も。

寝るときもベッドに入り込んでくる。

念入りに洗ってやったおかげで奴の毛並みはふわふわだった。

心地よくて、思わず抱きしめながら眠ってしまう。

抱きしめるとすり寄ってきて頬ずりをする。


インコとは割と仲がいいようで、よくじゃれている。

もっとも私から見たらバサバサと飛んでいる鳥が犬に食われそうになっているだけなのだが。

インコに聞くと、コレハソウイウアソビナノ!といわれた。

とりあえず鼻で笑っておいた。


すると今度はインコが言語を教え始めた。

というのも、最初に、わん、と言って以降、奴がわん以外の声を発することは無かったのだ。

だがその道は前途多難らしい。

最初、わん、の衝撃から関連づけて奴にバウという名前をつけたのだが、インコの野郎が呼称をわからせようとして、バウ!バウ!と叫びながら奴の上を飛び回るものだから、奴は、バウ、がインコと遊ぶ合図だと思い込んでしまった。

お陰で新しい名前をつけなくてはならなくなってしまった。

薬品の名前でいいか、と思ってL-415と名付けた。


インコの野郎は、ヤメロ、とひたすらに叫び続けていた。

もちろん無視した。

お前には関係ないだろうに。


そういえばインコの野郎は最初、名前を異常に欲しがった。

オレノナマエ!オレノナマエ!と仕切りに言うものだから、もしかして名前を欲しがっているのかと思ってドゥムと名前をつけたところ、自分で名前を連呼し始めた。

嬉しかったのだろう。

ちなみにドイツ語でバカという意味だ。


この一件でもわかったが、どうやらインコの野郎は名前を重要視するタイプらしい。


タイプ。そう、これは最早人格だ。


インコの野郎は、人間の知能のようなものを持ってしまっている。


おそらく餌のせいだろう。

それも初期の。

最近は高級な餌しか受け付けない生意気な野郎になったので、家にある餌は与えていない。


だが初期に与えた餌はいくつかの材料を配合したものだ。

まともな餌がなかったのだ。

動物の体調に影響はないだろうと踏んでいたがまさか人格が生まれるとは。

配合した材料は覚えているが、いかんせんどの材料が原因だったのかわからなかった。


だから別の生き物達を連れてきて、配合した物質や薬品を、様々な組み合わせで配合して食べさせた。

生き物が全員同じでないのは仕方がない。

同じ生き物だけ何匹も集めることはできなかった。

だが、どの組み合わせでもうまくいかなかった。


試した生き物がインコと違うことが原因なのだろう、とそう結論づけようとした。


ただ、一つだけ試していない物質があった。

ずっと使うのを躊躇っていたものだが、まさか、まさか、と思い冷凍庫から取り出した。

そしてまずその物質だけ、今度はインコに与えてみた。

そいつは少しだけ長生きした。だが結果は同じだった。


あの薬品と掛け合わせれば、あるいは。


その薬品と、別の物質を配合した餌を与えた生き物は皆、一般的な生き物とは違い、どう猛になったり、はたまた奇怪な行動を取り始めて暴れて死んでしまった。

だがその薬品と他の材料を配合しても、三種、四種配合してもうまくいかなかった。


この薬品を冷凍庫から取り出したアレを配合したものなら、成功するのではないか。

なんとなく直感でそう思った。



そんなとき奴が来た。

奴へは例の物質と薬品、その二種だけ混ぜた餌を、同じ配分、同量、一日に二回、同じ時間に与え続けた。だがまさか三日で効果が出るとは思っていなかった。

確かに初日はただの犬であった。それは確認しておいた。キレイに洗ったので彼の体毛についていた微生物などが原因でもないだろう。

つまりこういうことだ。



奴が人間の知能を持ったのは、人間の臓器とL-415を配合した餌が原因だ。



最初インコの野郎に餌を与えたとき、少し怪我をして私の体の一部が入り込んでしまった。

それがおそらく、どういう訳かはわからないが、L-415と反応して、人間の知能を与えた。


まだまだ研究が必要だな。


このL-415の反応が解明出来たら、私はきっと、



******************



そこまで書いたところで、邪魔をされた。


「おい、L-415、ひっつくのをやめろ」

「なんで、今実験中じゃないじゃん」

「暑い」


今や奴は人間の言葉を自在に操るようになっていた。

体躯も少しだけ人間に近づいただろうか、顔やらは犬のままだ。


「ねえ、もうL-415なんかじゃないよ、僕」

「……」

「L-415って薬品の名前でしょ、あなたからみて僕ってまだ薬品なの?」


奴の耳はしおれて元気がなかった。


「生意気な口を聞くようになったな」


今までは従順な犬そのものだったのだが。

人間の自我というものは本当に面倒だ。


「ねえ、僕に愛を教えてよ」

「愛?お前それをどこから…インコ野郎の入れ知恵か」

「人間は好きなもの同士で、キスしたり性交するんでしょ。そうして相手から愛をもらうんだって。僕も愛が欲しい」


犬だから顔で表情を読み取ることはできない。

だがその瞳の奥には劣情が潜んでいた。


「ねえ、いいよね?」


そういうと奴は鼻先を私の口に近づけてきた。

これがキスなのだろう。


「生憎と、私は愛を知らないんだ」

「それなら一緒に研究しよう?」


そういって奴は私に抱きついてきた。

頭を撫でてやると顔をすり寄せてくる。

と、思った瞬間そのまま押し倒された。

後ろで尻尾が大きく振れているのが見える。

息はハアハアと荒々しく、よだれが垂れている。

多分そのよだれが私のほおに垂れた時、奴の本能はむき出しになった。




いつものように奴を抱きしめながら目が覚めた。

まったく、昨夜はまるで犬のように叫ばされた。

わん、どころの話ではない。

こんなに疲れて、愛がどのようなものであるかはまだわからなかった。

だがいずれ研究していけばわかるだろう。




******************



いつからだろうか。

僕には意識が生まれて、最初に世話してくれているヒトを見て思ったのは、なんかあんまり人生楽しそうじゃないなぁ、ということだった。

暗い目をしていて、肌は真っ白。

僕に餌を与える時と、インコと言い争ってる時は少し笑っている。


インコは僕によく構ってくれて、色々なことを教えてくれる。


どうやらこのヒトは昔他のヒトを治す仕事をしていたらしい。

何か悲しい目にあってその仕事をやめたという。

そして今は、動物の病院をしているヒトに頼まれて、動物の体の研究をしているみたいだ。

そして僕のこともその研究の一環として連れてきた。


研究対象だと思われていてもいい、ただそばに居たかった。

無愛想に見えて本当はやさしいヒトのそばに居たかった。



今こうして、あなたのそばで目覚められることがどれだけ嬉しいか、あなたはきっと知らない。



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