変わった訓練
矢とも呼べぬ棒切れを、弦に掛ける。
深く息を吐く。
そして、弦を引き。
「──────ッ!!」
棒切れは明後日の方角へと飛んでいく。
「タメが短い、もっと的に集中して」
「いや、無理でしょこの木の枝短過ぎてどうしようもないんだけど!!?」
「無駄口叩かない、力を欲したのは君じゃないの」
「そうですけど、そう言うのってこういう遠距離じゃなくて……」
「君覚悟だけはあるからつい首飛ばしかねないの、だから弓」
レシアはただ的を見ていた。口調が冷たいのは、訓練を始めたときからだ。
レオンは目が覚めたら部屋に誰もいなかった。が、すぐにレシアがくつろいでいるのを見つけて、頼み込んだのだ。
そして、こうして村の外れで弓の訓練をしているのだ。
「く、首……っ!?」
今、レオンは首が切られたと錯覚し、首をさすった。レシアの微弱な殺気にあてられたのだと気付けはしなかったが、話通りの事になっていただろう事は容易に想像できた。
「君には弓がお似合いだ」
「……馬鹿にしてる?」
「まさか。整えた木の棒を次はあの的に向けて撃ってみて」
レオンはレシアから新たに渡された木の棒を見る。確かに先程の物よりも比べ物にならないくらいには真っ直ぐだが、それでも羽は付いてないし、尖ってもいない。軽く曲がってもいる。綺麗な矢とはとても言えなかった。
「……もう少し何とか」
「ならない、撃て」
仕方ない。レオンは10mほど先にある直径50cm程度の的を狙う。
つがえて撃つ。構えも粗末、矢も粗末、狙いも粗末。
「───ほら、無理」「貸しなさい」
レシアはレオンから弓矢を奪い取り、三秒で構えから矢を放つまでを行う。レオンから見て、それは流れるような美しい動作だった。
矢は的の右下に当たり、的をへし折る。的が薄い木の板であることが災いして、木目に沿ってへし折れたのだ。
「流石に中心に中てるのは無理か。しかしどう? 当たるでしょう?」
「………」
枝。最初にやったふざけたように捻くれた枝だ。素早い動作のせいなのか、ねらってそれを使ったのかはレオンには分からなかったが、レシアはそれを使って的に当てた。
レオンはもう、何にも文句は言えなかった。
「勿論、初心者……ついさっきはじめて弓に触った素人がこんな事出来るなんていったら、その人は天才」
レオンは、折れ曲がった枝を拾い上げて、それを弓で放つ。
やはりそれは、くるりとその場で回転して、地面に落ちた。
一射、また一射と矢を放つ。
何か掴めそうな気がしていた。
「そろそろ戻りましょうか、レオン様?」
レシアはもう既に冷めた口調が戻り、空とレオンを交互に見ていた。
「………」
太陽は真ん中を超えた。
レオンはまだ、矢を放とうとする。
指が痛い。手が震える。
だが、まだ。後一回。次で、次で何か────
───にゃああ!!
「うわっ!? ニャーちゃん!?」
「だいじょうぶですかっ、レオン様!?」
「大丈夫大丈夫、おー、ニャーちゃんどしたー?」
レオンに横から胸めがけて飛び込んだ猫。倒れ込みつつ受け止めたレオンは猫を撫で回す。
「レオン様、このままだと夜まで撃ち続けてそうでしたから、ありがとうございます、猫様?」
「流石に止めてたよそのくらいには……ってニャーちゃん?」
猫はせわしなく二本の尾を動かして歩いていく。その動きは喜びなどではなく動揺であり、正しくレオンに伝わった。
「着いて来てってこと?」
ちらとレオンを見た猫。焦っていた。
「あ、待って」
「レオン様、片付けはしておきますので!!」
「分かったありがとう!!」
猫は走っていく。レオンは、その後を追いかけようと道を戻っていく猫を追いかけた。
走りながら気付く腕の痛み。猫が焦っているのはそもそも見たことがないし、慣れない弓の訓練で集中力を使い果たしてしまったのか何も生涯のない道の小さな凹凸で躓いたりしてしまう。
「何かあったの……!?」
一応、そこそこの体力はあるようで、村に着く頃には脇腹が痛くはなっていたが、走れないほどではなく。猫がレシアの家に駆け込むまでも足は止まらなかった。
そしてすぐ、異変に気付く。
壁に赤い水滴が付いているのだ。変な臭いまでする。……まるで、いや、先日嗅いだ臭いだ。レオンはその確信があった。
───にゃあ……
「嘘、げほっ、え………」
ボードンさんが、倒れていた。赤の池に身を浸らせて。
肩で息するような状態で碌に思考が回っていないせいでレオンの動揺はすごく小さい。
「ニャーちゃんこれ……他の人呼ぼうよ──────ぁ……そうか……」
他の人も、こうなっているのか。応急処置、どうしよう。膝が震える。体力無さ過ぎだろ、無理動きづらい。
包帯はどこだろう。レオンは立ち尽くす。
「……一階、テーブル下……」
弱々しい、呟きをレオンは聞き取った。誰の声かは分かっている、迷わず急いで歩く。
先日、話し合った部屋のテーブルの下に物が置けるスペースに、箱が置いてある。開けると、色々な物が詰め込まれていて、包帯なども入っていた。
内容物のほとんどに文字が刻まれているのも見て取れた。
ボードンの下に戻る。素人目に見ても出血が多すぎる。傷は深く、脇腹と右太ももにあった。
応急処置の心得など無いレオン。兎に角、彼でも使い方の分かる包帯を全力で巻き付けて締め付ける。これ以上出血されると既に手遅れに見えるのだ、絶対に助からないと思ったのだ。
「……いい………他の……」
「ボードンさん!? 死なないで下さいよ!?」
「神子様………無事……か……」
「無事だよ! 無事だよ!!」
「そうか……充分………同じ処置……を……他の……者……に………も──」
「………行く、わかった」
レオンはゆっくりとボードンを横にすると、猫に言った。
「とりあえずニャーちゃんはレシアさんの所にいって安全なところに逃げて」
箱を抱えてレオンは家を出た。注意してみれば血の跡は続いている。誰の血かは分からないがこの状況で、この血の先に何者かがいる。邪魔をすればきっとボードンさんのようになるというのならこの跡を追うのが多分得策だと、レオンは血の跡を追い掛けた。




