定められた一射
ボードンは前もってエーリケに合流地点を告げられていた。その地点はやはり人通りが少ないがそこそこ広い。そこにたどり着くと軍隊のような集団がそこにいた。
先頭のリーダーらしき男が聞いた。
「証を見せろ」
「これで良いか?」
ボードンは右腕に填められたはずせない腕輪を見せる。
「そうか。同士よ、歓迎しよう。だが、そこの子供はおまえの連れか?」
「子供? 居ないじゃないか」
ボードンは背後を振り返る。その通り誰一人いない。
しかし……物陰から猫の尾がはみ出て揺れている事に気付き目の色が変わるくらいに驚く。
「ま」さか。
ボードンが口にする前にリーダーらしき男が指示をする。
「やれ──」
軍隊のような統率のとれた動きで控えていた者達が一斉に前へと出る。
「にゃーちゃん!」
子供が飛び出してきた。ボードンは思考を巡らせる。
───尾行けられていたか
───どうする? 今からレオンに手を貸すか
───今なら間に合う
────しかし神子の目が
──今のレオンの実力は
────
────
───────
「黒の矢っ!!!!」
「ッ! 下がれ!!」
ボードンは咄嗟にそう叫んでいた。聞いていたのだ、彼の矢の能力を。
───そしてこの瞬間、レオンの中でボードンが裏切ったと、そう言うことになった。
黒の木が水平に延びる。一斉に前に出たところに放たれたため殆ど最大の威力を発揮したと言うべきだろう、十人余りの人間が一瞬で命を散らした。
「ボードン!!!」
ぎり、と音が出るほどに怒り散らすレオン。そんな彼を見るのはボードンにとって初めてだった。
一瞬動きが止まるほどに。
そこを狙い澄ましたかのようにレオンの剣が黄色の矢を放つ。躊躇いは存在しない。彼我の間に横たわる黒矢の枝々の間隙を縫うように矢は飛んできた。
直線であればボードンにも反応は出来る。咄嗟に出した右手で矢を手が切れるのも構わず掴む───すると矢が淡く光り出す。刻印が起動したのだ。
「なっ───」
刻印は掴んだ手に浸食する。腕をすさまじい勢いで浸食する。ボードンはとっさに左手に持った剣で右腕を切り落としていた。
「呪毒刻印……!?」
ボードンには見覚えがあった。ためらえば死ぬ、その類の刻印であることが分かっていたのだ。右腕が出血を始めようとしたところを左手で手早く回復包帯を巻き付ける。
レオンはその様子を見届ける余裕はなかった。木を飛び越えてきた男達に襲われたからだ。
男達の装備は皆統一された剣だった。近接戦ではおそらくレオンが不利だろう。体格、技術、数。どれもが劣っていた。
「だから何だ───赤」
下に向けて、赤い矢を撃つ。赤の矢は風を起こす。矢が内側から吹き飛び竜巻が発生し───レオンは高く飛び上がった。
そしてその不安定な姿勢から緑の矢を五本同時に放つ。風や不安定な姿勢などの要素を全くを無視して不可思議にも命中する。そのどれもが頭蓋を砕く。
すでにレオンは殲滅を心に決めている。レシアに手を出そうとしているなら、容赦をするつもりはなかったし、そうじゃなくても居合わせただけで殺されるならやばい奴らだろうと。
すでにその考えが出来るほどにレオンはもう割り切れていた。
「っと」
弱まった風と共にレオンは地に降り立つ。
「何人いるんだよっ!」
「百人は優に超える。すべて一人で殺せると思うなよ、ガキ」
レオンに接近した兵士がそう言った。振り下ろされた剣を身を低くしながら避け、即座に矢を打ち込む。反応できずに心臓を撃ち抜かれて兵士は絶命した。
背後まで迂回してきた兵士が六人。レオンは振り向きざまに矢を五発続けて撃つ。必中など無くとも、その域まで既にレオンの狙い撃つ能力は高かった。弦を引き絞る必要のない刻印剣を利用しているのも大きい。
「ここで崩壊されても困る、か」
リーダーらしき男は呟いた。誰だか知らないがあの子供は強い、と理解しているのだ。数も技術も力も上だが使っている道具の差がそこにあったのだ。
「散開だ! 各々作戦開始まで生き延びろ!!」
「逃がすと思って!!」
赤を撃つ。十人ほど吹き飛ばし切り刻む。風による痛みに怯んでいる内に頭を撃ち抜く。
レオンの腕ならば強風の中でも、当てられないことはない。何人か外してしまって逃げられてしまう。
続けざまにもう一度赤を撃ち込んだがもはや当たるような人間はいなかった。
ただ一人を除いて。
「ボードン。なんで残ったの? ……と言うかなんでそっち側にいるの」
「……元より同じ所に立つ仲間と言うことではなかっただろう?」
「……なにそれ。最初っからレシア裏切ってたって事?」
「違う。今も昔も神子の為に行動している」
「違わないでしょ、さっきの軍隊。帝国の兵士とかそんなのでしょ? 血霧と意匠が似てるし、そもそも戦闘する集団と言うので何となく分かるけど……そもそもレシアはそっち側の人間じゃない。通じてる地点で」
ボードンは左手のみで構えを取った。
「神子は。役目を果たせばその後は長くない」
「……あれ、身体が弱くなるって聞いたけどそこまでなんだ? 聞いてないんだけど」
レオンは動揺を表に出さないようにしながら聞いた。長くない、とまで言われてしまえば流石に戸惑う。役目を果たせば死ぬ、と言うことなのだから。
「……言うつもりはなかった」
「あっ、そ。で、何で言ったのさ」
「俺は……」
黙り込んだ。その一瞬で赤と黄を装填。
「あの子に生きていて欲しいから」
今度はレオンが止まる番だった。但しそのときと違うのはボードンは仕掛けなかった、と言うことか。
「だから乗った」
「何をする気なの?」
「儀式を、中途半端に成立させるんだ」
「……それは本気で言ってるの?」
「そうでなければここにいないだろう」
「……考えたくないけど……そう言うことなんだね。でもさ、結局何で言ったのか聞いてないんだ───」
ボードンがナイフを投げた。レオンの眉間めがけて。
「───けどぅぉっ!?」
咄嗟に剣を振るう。攻撃は想定していた。危なげなく払いのけられたのはそのためだ。
しかし眼前をレオン自身が振るったの剣が通過する刹那の内にボードンの姿が消えた。
「──そうだ、これはただの自己満足だ」
頭上。もはや落ちてくると言ってもいいような位置にボードンはいた。転がるように後ろにレオンは下がる。
右手を失ったというのに軽やかな動き。レオンは冷や汗が溢れるのを感じる。
「俺は、悪くないという言い訳を聞いておいて貰いたいだけだ」
「そう言っておいて聞き手殺す気か!?」
「帰るなら追いかけはしない」
「そうですかっ!!」
ナイフによる突きを大きく飛び退いて避けるレオン。レオンとしては体格差があるのだから近接を避けたいのだ。
「こんのっ!!」
装填していた矢を同時打ちする。黄の矢ごと砕け、風に黄色の文字が乗って飛んでいく。風の刻印はどうやら刻印術を押し流す効果があるようだ───当然だが剣の刻印は動いたりはしない、基準は分からないが。
ボードンはそのことを即座に看破し逃げ出す。距離を稼ぎながら横にも移動───つまり斜め移動である。
三本連続でボードンに矢を射る。それをくるりとターンしながらナイフで弾き切り裂き、最後の一本は普通に避けた。
黄の風が消滅する。同時に反転したボードンは勢いよく接近する。ただ走るだけでは出ない速度──つまりは刻印術だ。靴に仕込まれていたそれは起動と同時にボードンの足の速さを引き上げたのである。
レオンは後ろに下がりながら牽制するように矢を何本も射出するが、ボードンは足を緩めず避け、斬り飛ばし、弾き逸らしながら近付いてくる。
「左手一本でどんだけ……っ!!」
ついにボードンのナイフが届く範囲にレオンは入ってしまった。ボードンの欠損した腕側に回ろうと動くレオンにボードンは膝蹴りを命中させる。
「か っ !!」
ゴロゴロと地面を転がるレオン。悶絶している彼に左手を掲げるようにしながらゆっくりと近づくボードン。
「ちっ く、 しょうが!!」
赤の矢を何本か取り出したレオンは一本剣に装填する。
そして──爆ぜた。
「がっあうぁぁああああ!!!」
壁に当たる────反対に向かって赤の矢を放つ。
壁に当たる────反対に向かって赤の矢を放つ。
壁に当たる────反対に向かって赤の矢を放つ。
地面に当たる────反対に向かって赤の矢を放つ。
壁に当たる────反対に向かって赤の矢を放つ。
空へと飛び出した。
「無茶をする……」
無茶苦茶な手段で逃げ出したレオンを見ながらボードンは呆れていた。
自分に、である。あのままでもトドメはきっとさせなかっただろうから。
「しかし、まあ。これでも良い」
もはや点になったレオンから視線を切る。ここまで離れれば危険はないだろう。そう考えて。
そもそも、レオンと敵対する意味はないのだ。レシアにとって大切な友達である以上、絶対にボードンはその命を奪うことはない。
儀式を止めるのだってレシアに生きていて欲しいからで、結局の所非常になりきれないところが甘いのか。
「はっ」
そうかもしれない。ボードンは既に神子を裏切った、それはレシアのためであるが、ボードンが裏切ったのはレシアのためであると言うことをレオンに知っていて貰いたかったのだ。
そう言うところが甘い。
「がふっ────ぇ」
右肩から矢が飛び抜けて地面に刺さる。右足の甲を地面に縫いつけるように突き刺さる。左脇腹を食い破る。左腕に突き刺さる。
ボードンは血を吐き、呆然とした様子で振り返った。
────弓を構えたレオンが落下していた。




