黙り込む勇気はありもしない
「………」
ボードンはただ星空を眺めていた。
レオンに語った言葉に嘘はないが、本当に語る必要があったのか。それは彼には分からなかった。
確かに語らなければ、今まで通りレオンはレシアと接し続けただろう。儀式の最後まで。いや、流石にそこまで来たら気付くだろう。
とにかく、願い通りに動かすならば言わない方が良いだろうと言うことは何となく分かる。
ただ、この少年がその事実を知ったらどうなるか。気になったのだ。どんな反応をするのか……。
「違う。期待か」
ボードンは頭を振る。
悲劇を抱えきれなかった訳ではない。しかし、きっとボードンはエーリケの言うとおりに動いてしまう。動かざるを得ない。
その時に許してほしいなんて、甘い考えがボードンにほんの少し残っていて。それがこの行動の原理だった、のだろう。
「いや、もしかしたら」
レオンが、何かを成し遂げるかもしれない。それこそ何の根拠もない期待だが、ボードンはそれが語った原理だと信じてみることにした。
己の弱さを自覚しながら。
レオンは深く考えていた。
目を失う。それはどういうことかと。
「レシアさん……眼鏡してたのって」
おかしいな、と思わなかったわけがない。当然目立つ変化に疑問はあった。
──にゃーん?
「む、考えないわけにはいかないでしょ?」
猫に『どうせ考えたところで何も出来ないじゃん』と言われた気がして反論する。
レオンにとって如何に無駄でも、無視は出来ない。
「身体も弱るんだって、大丈夫なのかなぁ」
猫にレオンは話しかける。レオンの覚えている範囲で自分が不自由になる程度の大怪我を負った事はない。レオンにとって盲目なんてものはどのような感じになるのか予想もつかない。
当然だが軽々と、平気でしょ、とは言えなかったし意識せざるを得ない。
「そんなもの、やる必要があるのかなぁ」
──にゃ
抱えられた猫が呆れたように鳴く。
「と言うわけで聞きたいわけなのです」
「え、どう言うわけで??」
レシアは戸惑いながら聞き返す。
「儀式をレシアさんがやる意味です」
「そりゃ、選ばれたからですよ」
「それだけですか?」
「歴史に名が刻まれる的なのも良さそうだし、とか?」
「それだけで、ですか」
「そーだよ? 何かおかしい?」
レシアはレオンが事情を知らないと思って、ごまかした。
勿論事情を知ってしまったレオンにとってはレシアが誤魔化したことはすぐに分かる。
代償が異能の消失。それに対してその程度の見返りしか求めてなかったとしたらタダの馬鹿だろう。そして、レシアは馬鹿じゃないとレオンは思っていた。
もしかしたらレシアこそ知らない可能性が有るのだがその点は一切考えていない。
「おかしいですよ、もっとなんかこう……」
言葉は出て来なかった。いや、出来なかった。
そんな代償が有るのだからもっと大きな何かあるんじゃないのか? なんて。
「もう夜も遅くなっちゃいますから寝なさいな。明日も歩くんですし」
「……はーい」
どうしょうもないので、レオンはおとなしく部屋に戻った。
───猫を残して。
「………? レオンは行ったよ?」
猫はジッとレシアの顔を見ている。微動だにせず、ジッと。
「……何のつもり?」
薄々レシアはこの生き物が普通の獣と一線を画した生物であることに気付いている。前の街の魔獣をレシアの近くまで誘導したのはほとんどこの猫であるらしいことを知っているからだ。
だから、じとーっと見詰められて。不気味ではなく、しかし、何か悪いことをした気になっていく。
「まさか……わたしにだけ教えろって言うんじゃない、わよね」
二股に分かれた尻尾だけが地面をふわり、なでるように揺れた。
まさか本当に聞く気なのだろうか。揺らがない視線から逃げるように目線を切るレシア。
「……いいよ、入る?」
レシアは根負けした。




