歪んだ歯車
「独特な人だったなぁ」
買った物を袋詰めにし、宿に戻る途中にまた店に寄っていた。
──歯車屋──
それは物珍しいとレオンが思った。歯車の店? と吸い込まれるようにレオンは店内に踏み込んだのだ。
「………いらっしゃい」
お爺さんが睨むようにレオンを見る。
「………時計?」
幾つもの時計が店内に綺麗に並べられている。埃は少し掃除し切れていないところはあるが、ちゃんとしてはいるようだ。
「………あぁ、時間を計る奴だな。最近じゃ刻印術、とか言う便利なもんが出来てしまって置物以外に出番など無いもんだがな」
ふ、と自嘲するように爺さんがため息を吐いた。
「懐中時計とかって有ります?」
レオンは、そんな事を聞いていた。
「懐中………持ち歩ける大きさの時計なら在るぞ」
重い動作で腰を上げた爺さんは、綺麗な金の円形の時計を持ってきた。
縁も丸く、平たい。手入れもよくされている時計であるように、レオンには思えた。
「いくらですか?」
「金なんざ取らん、失敗作だ」
それはおかしい、素直にレオンは口にしかけて……やめた。
「大体こんなガラクタ共じゃもう……金なんざ取れぬよ」
「そんな事はないと思いますよ」
「………いや、刻印術の方が携帯性に優れておるし、動力だって刻印術の方が軽い。置き時計ならどうしようもあるがそいつみてぇなのはの」
「これ、動いてるじゃないですか」
「それが失敗作って言う所以は、それだ。動力はとっくに死んでるってえのに勝手に動く、気味が悪い」
良いながら口元は笑うように歪んでいた。つまりは、本気で気持ち悪く思っているわけではないのだ。
「ってもな。それは多分それを除けば『最高傑作』なんだ。技術を詰め込んだ。多少の衝撃には耐えるし、最大限の小型化もした。何か変な物が宿ってもおかしくはねぇさ……と、思っちゃいる」
クロクス様々だな、と爺さんは楽しそうに呟く。
「クロクスって?」
「時の神……だが、まあ、割と地味な神だな。大した逸話はない」
「へぇ……」
そんな神様が居るのか、とレオンはまた店内を見回すと幾つかにクロクスの名が刻まれていることに気付く。
爺さんは、時の神のことを好んでいる事がレオンは分かった。
「……ふん、まだ何かあるのか」
「いや、本当にいいんですか?」
「いいんだ、さっさと行け」
レオンは戸惑いながらも歯車屋から立ち去る。それを爺さんは見届けることもしなかった。
「………お嬢ちゃん、これで良いんか」
「ええ、こうした方がきっと面白いってね」
「………」
言葉と共に奥から出てきた女性が大金を爺さんの目の前に置いて店から出ていこうとする。
「馬鹿にするなよ」
「なにをよ?」
「歯車は一つ、少しでも歪めば動かねえ」
金を受け取りながら爺さんは詰まらなそうに呟いた。
「お前さんの『面白いこと』ってのが崩れる様を見て嘲笑ってやりてぇな」
「そ、じゃあね」
ひねくれた爺さんね、と女性は笑いながら出て行った。




