二神擦れ違い墜つ
完全時間停止能力は今のトーコには使えない。故にトーコが取った手段は『減速』『加速』の併用だった。
対象の体感では気付いたら脳天を串が貫いて突き出ていた、と言うような感じ方をしている。
擬似的な時間停止である。
「あは、ははははは!!!」
「何」
「あなた、やっぱりバカなのね」
「……なによ」
銀髪の異人種が、堪えられないように笑い、涙が出たのか目元を拭う。
トーコは、サイレントキラーゾンビの頭を踏み抜いてから銀髪の異人種に向き直る。
「あたしがこんだけ近くにいて気付きもしない、そんなのバカとしか言いよう無いじゃない?」
「………?」
何事か全く理解できないままに警戒をするトーコ。
「まぁ、あんたが神共が送った捨て駒ってんならあたしは随分と買われてるもんだね───クロクス」
「は……何で…じゃ、あなた…………っ!?」
「うん、そう。『元』破壊の神。名前、名乗ったことあったっけ? 一応此処じゃエーリケって名乗ってるからよろしく」
「っ……時よ、廻れ」
トーコが呟くと、彼女の持っていた串がぼんやりと光を帯びる。
「いや、あたしに干渉とか無理だからね? あんたの残ってる力はもう分かってんだわ。もち、余裕で勝てるくらい丸分かりんぐよ?」
「そんなのは、やらないとわかんないでしょ」
「やらなくても分かるほどに差があるって事に気づけない地点で詰んでるのに?」
「うるさい」
トーコは、真っ直ぐエーリケを見るが、エーリケはまるで警戒に値しないと言わんばかりに注意散漫な様子。
「空、見なよ────柱、結構崩れてるでしょ? あれ、あたしがやったん。凄いでしょ? こんなこと、クロクスにゃ、出来ないよね?」
「……原因をねじ曲げ無かったことにするのは出来る」
「神気の消耗が、段違いじゃーん! これだから全能と無能を履き違えた馬鹿はー」
──トーコが動いた。
「〈廻れ短針〉」
「《運動破壊》───ってうぉう」
トーコは左手の串を投擲。エーリケはその串に対して何かをしたようではあるが、何の効果もなく、驚き半分で軽々と避けた。
「〈遡れ長針〉」
トーコが右手の串を指だけで反時計回りに回す。
それで先ほど投げた串が逆再生するかのように手元に戻る。
「危ないなぁ、そんな串でも刺さったら痛いんだよ?」
「黙って刺さればいいんですよ」
「やだなぁ、座にほんのわずかに力遺してるあなたと違って私は死活問題だよ?」
「───そんな体で何を言っているのやら、いっぺん赤子からやり直してきやがれ、ですよ」
トーコは右手の串を時計回りにクルクル回しながらしゃべり続ける。
「あなただって赤子だったことはないでしょうに」
「………〈時を司りし万象の支配者は告げる〉」
「神威詠唱!? その神気で、嘘でしょ!?」
凄まじい早口でトーコは唱える。
「〈我は創造神すらも超越した荒神よ〉」
エーリケが接近しようと動き出す。
「〈夜は万物に平等に〉」
「〈しかして私にはあたらず〉」
「〈刹那を無限へ〉」
「〈無限を刹那へと繋ぐ僕に〉」
「〈時は我なり我は時なり〉」
一秒に満たぬ、詠唱。回していた右の串より、加速を得ていたことが原因である。
「待ちな」
「〈時は満ちた〉」
────神威解放
「っ!!」
──時計回りの右手を止め、トーコは目に留まらぬ速さで動きだす。
走っていたエーリケの両肘に串を突き刺して、両肩にも串を突き刺して、両膝にも。
そしてエーリケを逃げられないようにしてから。
「座に返す───〈神威〉」
「触れるのを待ってたんだよ!!」
───エーリケの頭を掴んだ瞬間、エーリケがそう叫んだ。
彼女は破壊の『神』だ。ただ、神気で抵抗しただけである。
「嘘でしょ!?」
「嘘じゃないんだなあ! 貧弱な神気であたしを座に返せると思ったかクロクス!!」
「くっ」
「あとこんな串で重傷を気取るつもりもないしな」
トーコは跳び下がる。エーリケは自身の関節を的確に貫いた串を威ともせず動き出す。
ぐしゃり、と串は破壊され、傷跡すら無くなった。
「この、破壊神……」
「あぁ、見える物も見えない物も事象すら破壊し概念すら破壊する私はまさしく破壊神。その通りだねクロクス。あっそうだクロクス、さっきのなけなしの神威で神気空でしょクロクス? もはや神を自称する中途半端な怪物になっちゃったのかなクロクス?」
「私は神だ、っ!!」
手持ちは四串、トーコは二本構えでエーリケを睨み付ける。
エーリケは、有利を確信してトーコを見下し始めていた。
「まぁ可愛らしい、クロクスちゃんは神なんでちゅねー? あたしこんな微弱にしか神気のない神なんて見たこと無いなー、ふふ、名無し神でももっとましな量蓄えているよ???」
言うとおりもはやトーコに神気はほとんど残っていやしない。
双方無傷だが、もはや勝負にすらならないことは、トーコにも分かった。
「大体、何も自分から神を降りようとしてるような神に負けるはずがなかったんだよね」
トーコは睨むだけで、動けない。攻撃は一瞬で防がれるのは分かり切っている。神対神で神気切れは相手の権能を弾くことが出来ない状態で、エーリケの権能は『破壊』。破壊神とすら呼ばれた彼女である。
「なんて、言ったっけ? レオン、だっけ? わざわざお礼しても良いくらいよね、この神を人に引きずり下ろしてくれたんだから」
「っ!?」
驚愕の表情を浮かべるトーコに、嗜虐的な笑みを浮かべたエーリケは口撃を続ける。
「好きなんでしょー? うんうん、見なくても分かるもん、よっしそうだお礼に───」
エーリケは何かを振り払うように手を振るう。動きを見せようとしたトーコの串を、それだけで粉砕して見せた。
「殺してあげよっかクロクス? お前の目の前でー?」
「ふざ───」
「黙れよ神以下」
右拳を強く握りしめる。エーリケのその動きと同時にトーコの右肘が捻り潰される。
「─────ぁ───」
───悲鳴。殆ど声にならない音が、夜の森に木霊した。
「何? 人の体じゃ詰まんなかったけど、やっぱ曲がりなりにも神様用だね。ちょうどイイカンジの反応じゃんクロクス? あ、いいや、トーコちゃん? だっけ?? 無様だなぁ、たかが右腕じゃないのー」
トーコはその言葉を聞きもせずにただ茫然とひしゃげた腕を見ていた。
「………あれ?? トーコちゃん? んだよ詰まんないな」
何の反応も示さないトーコにエーリケは半ば興味を失った。しかしエーリケにとってトーコは追っ手であり、始末しないのは自らの損に繋がるので、流石に無視したりはしないが。
「まあ、もはや神では無いしね。命拾い、したねぇ?」
エーリケはトーコの耳元で呟くと木々の陰へと消えていく。
「────ぅあ………あ……あぁぁぁ………ああぁぁぁ…………ああああぁあ!!!」
生き物の気配のしない森に、少女の叫びが木霊した。




