狙撃
出店は色々あった。鉄板での料理だとか、的当てだとか、くじだとか。
中でも、果物を刻印術で凍らした物を提供する屋台なんて物もあった。
「ぬふふー、おいしっ」
トーコは満足そうに冷凍ミカンのような物を頬張ってはとろけた笑みを浮かべていた。
レオンは積極的に物を買ったりはしないものの、トーコの笑顔を見て、それだけで楽しかった。
因みに資金はレシアとボードンが余裕を見て渡したため、ある程度持っている。
「……あ、焼き魚ですよレオン!! 買ってきます」
「行ってらっしゃーい………買い過ぎじゃない?」
既に両手で抱えきれないほどにトーコは物を持っていた。殆どが食べ物。持ちきれなくなる前にレオンが持つと強く申し入れて分担してはいるが、それでも無茶じゃないかと思い始めていた。
因みに余裕を持って与えられたお金は、まだまだ余裕である。さすがのボードンである。
「これ、おいしーですよ、ほらレオンもっ!!」
串に刺さった魚を突き出してくる。串の両端をトーコが持っているからそこまで危なくはないのだが。
「ちょっと串回して」
「??」
「そこ、トーコが食べた所じゃ」
「何ですか食べられないって言うんですか良いですよー私食べますから!」
ぱくり、とレオンは魚の腹にかぶりついた。
「ん、まぁ、美味しい」
「そうですかー! ……って、ぁ」
間接キスに気付いたのか、顔を赤くするトーコ。バカ、今更気付いても遅いよ。レオンも恥ずかしくなって顔を逸らす。
そんなときに鐘が鳴る。村の一番高い塔に備え付けられた鐘だ。それは一番のイベントである神子の舞の半刻前の鐘である。
「そう言えば、何か特等席を用意してくれるなんて言ってたじゃない?」
「あー、はい。ボードンさんの計らいでちゃんと見える位置に、と」
「でさ、それなんだけどさ……トーコ、ボードンさんあの弓の刻印のことをちゃんと知っていたみたいで、ついでみたいに頼んできたことがあるんだけど………」
「あ、はい。良い話じゃないんですね」
「ま、そう言うことだよ。移動しようか」
「へぇ、そういう刻印術が有るんですね」
「うん、レシアちゃんは変な紋様程度に思ってるみたいだけどボードンさんはちゃんと知ってたみたいで、こっから監視しててって」
「間近で見れなくてショックでした?」
「あー、うん。監視って事はずっとレシアちゃんを見ることは不可能だからね」
「いいなぁ、私はこの距離ちょっと見えづらいから」
「いや、はっきり見えたら凄いよ。結構離れてるし」
後ろを見るとかなり大きな鐘がある。そう、今一番高い塔の上で弓を持って、レシアの周りを見ているのだ。およそ八百メートルほどの距離で、普通に見えない。
それこそこの弓の刻印《視覚強化》が無ければ監視とか無理でしょ、なんて言ってしまうレベルだ。
しかし、見える。刻印が魔力に反応し、ぼんやりと光を帯び、一気にカメラをズームしたみたいに、距離が近づいたかのような感覚はやはり気持ち悪くなる。
「そう言えばレシア、結構魔法の残滓ため込んでましたね…その代わりあの子の異能はそれなりに強力でしょう」
「魔法の残滓?」
レオンの司会はレシアを捉えた後、客と交互に焦点を移動させる。
異常はない。レシアが一礼をする。
「ええ、人種がそれを吸収して異能に目覚めるんですよ。先天的にのみですけど」
「何でそんなこと知ってるの?」
「そりゃ神ですから」
レシアの衣装は赤い花々などの装飾が華やかに彩る白の着物である。足が殆ど見えず、べたりと床に衣装が着いてしまっているが、アレで動けるのか。
「魔法の残滓はどう言うわけか人種にしか寄り付きません。人がそう言う特性だからですかね……」
レシアが、右手で刀を抜き放ち、鞘を左手に持って、見えないが左足を軸にくるりと回る。
舞が始まったのだ。
「で、異人種ってさっき聞きましたよね? 彼らなんですが全てが異能力を持ってるんです。魔法の残滓の蓄積で目覚めるはずのそれを」
「異人種なんて見たこと無いじゃないか」
観客は、神子の舞に魅了されているのが分かる。真面目かどうかは分からないが、練習を続けていたのだから、評価を受けるべきだなんてレオンは思っていた。
─────だから、邪魔はさせたくないんだ。
「だから恐らくは異人種は人種由来………って何で矢を?」
「………」
見つけたのは外来の小人。男衆とは違う、そんな奴が刻印付きの杖を掲げて明らかに敵意の籠もった目をレシアに向けている。それが見えた。
「あー、どこ狙うんです?」
「頭。潰す」
弾道が見える。間違い無く、気付かれなければ打ち抜ける。
刻印の刻まれた矢を放つ。遠距離用の矢であり《射程延長》《遠強近弱》というルーンが刻まれている。
「あたった」
狙い違わず打ち砕いた。少し緊張したのかレオンはため息を吐いた。
トーコは、余りにもフラットに打ち抜いたと言うレオンの事が気になり、弓に触れる。
刻印術は起動していて、触れるだけでトーコにもその恩恵が得られた。
「おお、ナイスショット、どこですか───おおぅ、目が…………って。頭って言うから勘違いしてました、そう言う……」
「ちゃんと言ったじゃん、杖の『頭』だよ」
小人が動揺の余り、声でも上げたのだろう。男衆がすぐに駆け寄り、内一人がレオンの司会の中で変な方向に礼をした。誤魔化すためである。
「どうも」
「まー、騒ぎになっちゃいますよね。ヘッドショットは」
「そうだよ。武器さえ潰しちゃえば無力化出来るんだからさ」
言っている間にレシアの舞は終わりに近付いている。
「だとしても良く当たりましたよね。まだ1ヶ月じゃないですか」
「やっぱりおかしいかな」
「努力の結果ですよきっと」
舞がおわった。レシアが一礼すると、観客が歓声に湧いた。それがこの距離でもわかり、レオンは笑顔で座り込んだ。
一段落した気分でレオンはトーコと一緒にレシアの元まで向かっていた。別段走ることはなく、観客だった者達の賞賛の話し声を聞きながら。
「あの女やり切ったんですねー…」
「この後くらいその敵意引っ込めてよ?」
「当たり前じゃないですか」
何が当たり前なのやら、レオンは苦笑いを浮かべた。
そう話している内に、二人はレシアが居る家に入って行く。
「レシアちゃんお疲れ様」
「賞賛してやりますよレシアー」
「二人ともありがとう御座います………トーコ、こういう時くらい素直に賞賛してくれませんかね?」
「えぇー、嫌ですよ結局見られませんでしたしね」
「居ないと思ったけれど本当に居なかったのですか、薄情な……」
「トーコっ……レシアちゃんの舞、遠くで見てたんだけど、結構良かったと思うよ」
「そうですかっ」
レシアは少し怒っている。レオンはその事に気づいたが、やはりどうしようもないなと思った。
「まあ、良いのです、私の舞なんて……」
「あぁもう落ち込まないでください、取り敢えず衣装を着替えましょう、あちらの部屋へどうぞ」
「……ボードン、分かったわ言ってくるわ」
「そうそうレシア、その衣装似合ってましたよ」
「はいはい………はい?」
「さっさと着替えろー」
「……はいはい」
レシアが奥の部屋に入っていく。
「レオンさん、ありがとうございます。あなたのおかげで余計な混乱を招く前に事態を収拾できました」
「まあ、何をしようとしてたのかは知らないけどほっといたらみんな危ない目にあってたかもしれないからね」
「儀式が開始された以上神子様はもう危ない目にすら遭いませんけれどね」
「どういうことです?」
「儀式の刀。アレには特殊な刻印が成されていまして、とにかくあの人が死ぬことはありません。致命傷を負っても、あの刀を手放しても、です」
「うぇ……なんかあんまり良い感じしませんね、その説明だと呪いみたいに聞こえる……元のより厄介じゃない」
「元の……?」
「あっ、いやいや、何でもないです。聞いたことある話によく似た刀があって……」
「そうでございますか。まあ、確かに呪いと言うに相応しくはあるでしょう。神子は役目を終えると同時に異能を刀に奪われる……いえ、捧げるのですから」
「はい? そんな事が可能なんですか?」
「特殊で、死ねない。先ほど言いましたが歴代の強力な異能力者の異能があの刀一つに依り集まって在るのです」
トーコはへぇ、と相槌をうち、一言加えた。
「それは………きっと辛いですね」
「ええ、毎度毎度、神子をなんだと思ってるんだと言いたいですよ。おや? 神子様。お疲れ様です」
着替えて軽装になったレシアが笑顔で三人の元に来た。
「もしかして私の話ですか? 私が如何に凄いか話してたんですか??」
「そーですねー(棒読み)」
「神子様は素晴らしいと思いますよ(棒読み)」
「ボードンまで!! 私だって怒りますよ!!?」
レオンはその光景を見て吹き出した。
「あぁーっ! レオン様まで!!」
「ごめん我慢、でき、ふふっ」
「もぅっ!!」
それからは大騒ぎだった。
儀式祭が一段落し、神子としての重責を感じなくなったお陰でレシアの笑いの陰が少なくなった。
何の気負いもなく全力で喜怒を表現するレシアの様子に、尊いものを見るかのような眼差しでボードンは光景を眺めて───
「ボードン!! あなたも後で罰を与えますから!! って逃げないのっ!!」
「さすがに何の罰が下るか分からないのに捕まるわけにはいきませんので」
全力ではしゃぎ始めた。
《千里見通穿弓》
大仰な銘の弓。レオンに渡された刻印ありの弓である。レシアは普通に良い弓程度の認識で刻印に気付かず渡した。
刻印術の内容は『視覚強化』
見ることを強化すると言うものである。それこそ使用者によっては千里を見通すことも出来るかもしれない。
が、強化終了直後から軽度の視覚異常という代償が暫くはついて回る。直ぐに治るが、やりすぎると直らなくなるかもしれない。
見えれば当たる、当たれば殺せる。そんな理念の元に作られたが別段弓の射程が延びたり威力が上がるわけでもなく、ただ見えるようになるだけである。




