それは怒りと言うには凄まじい
動物二匹がレオンを守る。兎は猫に頼まれて。その後ろから、不本意だがレオンは弓を構える。
「これは練習……動く的が一杯……」
口に出したようにレオンは目前の光景を考える。レオンは猫が危険に巻き込まれた事を怒っていた。自分よりも猫、その考え方は彼の中で既に固まっていて今更変わることはないのである。
矢は吸い込まれるように血霧に刺さる。そしてその悉くを燃やしていく。
矢に刻印がされているのだと言うことに気付いたのは三射目より後のことだった。
撃つ。燃える。撃つ。燃やす。
外さない。自分でも外す予感がしない、レオンは凄まじい集中力を発揮して計十人を焼殺した。
────アレ? イマ、ジュウニン、コロシタノカ?
「………ッ!!」
事実に気付く。恐怖も何も感じなかった。が、忘れてはいけないと言うことだけ心に刻む。
レオンはそれから撤退しようとして、血霧が下がっていくのに気付いた。
「これだけの被害………此度の襲撃は打ち切りで御座いますね。失策でした。まさかここまで強いとは。しかし豊穣の神子、その首を必ず奪って見せましょう。さらばっ!!」
「待ちなさい!! このっ!!」
レシアが剣を振るうと血霧に向かって線が走る。
「はははははっ! 逃げさせてもらうよっ!!」
その線を軽々と避けて、血霧はこの場から全て居なくなってしまった。
「うわ、逃がしたよ。どうしようボードン」
「取り敢えず、口調を神子に相応しいものに直したら如何でしょうか」
「それも──それもそうですね。ふふ」
あ、アレ演技だったのか。レオンは少しだけ驚いていた。
そのままレシアはレオンに寄っていく。
「それで、レオン様? トーコ様はどちらでしょうか?」
「トーコ……は……」
レオンは逃げた。否、駆け出した。元来た道を遡ろうとして。
元来た道が兎でショートカットしたので、そもそも辿れず迷子になるのだが。
ああ、でも。レオンは自らの足を止めるつもりはなかった。
トーコの心底怯えた目と、自らの右手に未だに残る嫌な感触が、そうさせた。
なんだか生まれてから1日の間にこれほど走り回ったことなんて無いんじゃないか、と言うほどにレオンは走り回っていた。
「あぁぁぁっ!! げほっ、が、はぁっ……ぁあ!! 何してるんだ俺は!!」
猫が心配で何も見えなくなって、それで。
「ったく!! 酷い奴だなあっ!!」
レオンの自己評価は元より低いのだが。それでも更に下がっていく位に自己嫌悪していた。
「っ、ここは!!」
間違いなく、この先にいる。それに、この景色は見た………気がする。
「トーコ!!」
────いた。
薄暗い家と家の合間の道に、身を隠すように座り込んでいるトーコをレオンは見つけた。
心なしかレオンには震えているように見えた。
「っく……はぁ、トー……」
トーコが顔を上げる。彼女の瞳には時計の針が映っているのがはっきり見えて。レオンは気付かず息が止まる。
もうすでに殴られた痕のない左頬を左手で押さえて。目を見開いたまま涙を流し。譫言を呟く。そんな彼女を見て、気付いたのだ。
自分が、何をしたかを。
してはいけないことを、したんだということを。
「なぁ、トーコ。ねぇ、ねぇ。トーコ?」
ゆっくりと近付く。恐らく、自分では無駄だ。そのことに気付いていながら、何もしないことが出来なくてレオンは声をかける。
トーコはレオンを、何の感情も籠もっていない瞳で見た。
見られた。レオンは再び声をかけようとして──次の瞬間襲ってきたのは白い後脚とその後脚の柔らかい肉球だった。
「ふべ───────何っ!?」
勢い良く後ろにごろごろと転がったレオン。対してレオンを蹴った猫は、そこで黙って見ていろと言わんばかりに一鳴きして、トーコに顔を向けた。
───にゃぁ
その声の方を見るトーコ。
───にゃぁぁあ?
「うるさい、分かってる。そうよ、一回殴られただけ。たかが、一回」
そう言って顔を逸らすトーコ。
───にゃ
「あんたが言ったんじゃない。くだらないって」
───にゃあぁ
「っ! そうね。まあ、そうね。悪いのは私」
猫が殴った。右頬を猫ビンタが襲う。
「何するのっ!」
───にゃぁぁぁぁぁあ!!
「うるさいっ!! 何が!!」
───にゃ
いつの間にかトーコはしっかり猫を見ていた。
───情けない。それでも神か
その声の方を見るトーコ。
───何があったかは知らないが、どうせくだらないなんだろう?
「うるさい、分かってる。そうよ、一回殴られただけ。たかが、一回」
そう言って顔を逸らすトーコ。
───殴った。へぇ。あのお人好しで他人優先なバカが。そりゃ一大事だ。
「あんたが言ったんじゃない。くだらないって」
───ま、言った。でも殴られただけで悩んでるのはくだらん事だ。それとまあ、どうせ地雷でも踏んだか。
「っ! そうね。まあ、そうね。悪いのは私」
猫が殴った。右頬を猫ビンタが襲う。
「何するのっ!」
───うだうだするな鬱陶しいそして気持ち悪いっ!!
「うるさいっ!! 何が!!」
───小娘の身体なんぞに入るからそう神らしくない無駄なトラウマを植え付けられるんだ。
いつの間にかトーコはしっかり猫を見ていた。
トラウマ……? トーコは予想外の事を言われたかのように呟く。
───お前も言っただろう? 下らんことをされただけでその有り様。他にも要因があると考えるのが普通だろう?
「え、ぁ……」
まるで、トーコはたった今自分の有様に気付いたかのように涙を拭う。
───茫然自失とはこういう事か。そも、そんなのでやっていけるというのか神擬き。
「うっさいわね神獣………」
───ああそうだな。よけいなお世話だった。所で立てるか、小娘
「一応私、神なんだけど」
よろけながら立ち上がったトーコは弱々しく呟いた。
「……私は、立ち止まれないの」
───なら、早い内に克服するんだな。あとでアイツに原因を聞かせてやれば、大した理由もなく協力してくれるだろうよ。
「……聞いてたの?」
───私は猫だぞ?
白々しく鳴く猫を見て、トーコは頬をほんの少し緩めた。




