ぶった斬られる空気
先に思考が戻ったのは、トーコだった。
「いや、ナニコレ」
「…………俺、最後に見たときはちゃんと繋がってたよ? 切れてなかったよ?」
「っ!? レオン危ないっ!!」
トーコがレオンを引っ張って、放り投げた。一拍遅れて、風が吹き抜けた。持っていた箱がレオンの手から離れて地面に落ちた。風に煽られて箱は転がった。
ばかぁ、と家が縦に真っ二つに割れて、右と左に家が落ちる。
「一体何が……」
トーコが呟く。レオンは結構転がったが、投げられたと言うには余り痛くなかった。それに、家が真っ二つになった光景を見て痛み所じゃなかった。
赤い服が家の残骸から飛び出していく。間違い無く血霧である。
やはり二人ではなかったのだ。薄々二人は感づいていたが、レオンは己の力不足から、トーコは積極的に退治する必要は無いかと考えて、動かなかった。
ただ、それは不確実な想像だったからであり、一度目の当たりにすれば現実であると理解せざるをえない。
半ば覚悟できていたのだから、今度は思考が止まることはなかった。
が、レオンは動けなかった。
「……なんなのよ、あなた達は」
赤。一人じゃない。一つじゃない。いくつもの赤がこの場に居た。疎らに、しかし、多くの血霧がこの場に来ていたのだ。
レオンはこの光景を見て、血霧の由来が、この赤に統一された姿と数にあるのだと理解した。
囲まれている。逃げ場がない。
「うわぁ、むりだこれー」
「神様でしょ、何とかしてよ」
「無理だよ。幸い狙いはあの家に居るあの女だから、まあ逃げられなくはないけど……レオン? そういうの嫌でしょ」
トーコが確認してくる。当たり前だ、レオンは頷き、周りを見渡す。
「というか私も嫌だね。舞ってどんなのか結構気になってる、だから死なれたら……困るし」
それはトーコの正直な思いであった。レオンは頷くが、やはり出来ることは無いかと考える。
「トーコ、何か出来ることは……」
「無いですよ、何にも」
トーコはレオンの言葉を一蹴した。
膠着した空気がこの場を支配している。
───ニャァァァアアアアアア
強い、力強い声が響く。
「今の、ニャーちゃん!?」
遅れて空気が震える。ビリビリと心と体が震える。鳴き声だけで、姿も見せない猫がこの空間を支配したのだ。
「神気当て……ですか」
急に顔色が悪くなったトーコが呟いた。平気な顔したレオンが不思議がる。
「何? 何がおきたの?」
一人、また一人と血霧が倒れていく。大半が膝をついたり、気絶してしまったり。平然としているのは殆ど居ない。
「それは────」
「お前ら! 行くぞぉぉ!!」
大声を上げ、倒れた血霧の集団を囲むように男衆が現れる。大半が包帯を巻き付けた男であり、その男達の中でレオンの近くを通った男が
「ガキ! ありがとうな!」
礼を言う。レオンは驚いたように目を見開き、男の行く先を見ていた。
無駄じゃなかったんだ。落ち込んでいたレオンの心にすっとその言葉は染み込んだ。
「ま、状況は好転したって事ですよ」
「そう……だね。それでさ、トーコ。ニャーちゃんはどこに」
「逃げますよ、全く。あの神獣がそうやすやすと倒されますかって言うの、分かりますよね?」
「……死ぬとか、死なないとかそう言うことを聞いてるんじゃないんだよ。トーコ、確かにニャーちゃんはこの世界に来てから明日元気だし力強いし何より楽しそうだったよ。確かに、確かに何かあったのは分かるよ。なんかすごーく強くなってるのは、分かるんだよ」
「分かってるなら行きますよ」
「………だからって、危険な目に合いそうだと分かっていて突撃させるようなことをさせたくはないの」
「この程度の相手、危険ですらないと思うんですけどね 。心配性ですか?」
「…………」
「…あー、分かりました。ちょっと酷かったよね今の発言は。だから睨まないで下さいよ、大体人間よりも危機管理には優れてるでしょうしバカじゃないんですからあの神獣も傷を負うようなヘマ、しませんよ」
レオンは明らかに不機嫌になっていたトーコに宥められ、しかし走り出した。レオンにはトーコの言動がかなり投げやりに聞こえたからだ。反発心が最後にレオンの背中を押した。
「って、逃げるんですよー」
しかし、レオンの猫に対する愛なら恐らくは動き出すだろうと、少しだけ気を緩めては居たが、トーコは構えていた。
今行けば邪魔になりかねない、と言うか邪魔だろう。トーコはレオンの前に回り込み、すくい上げるように肩に担いだ。
トーコの膂力は見た目に反して強い。それこそ同じ程度の体格でしかないレオンなど容易に担げるほどに。
「おいふざけっ────」
「止まってて下さい《一時停止》」
トーコがそう言うと、腕から脱しようともがいていたレオンの動きが止まる。それはまるで時間を停止させられたかのようであり、その通りである。
「………これでも神様なんですから、見逃したりしませんよ」
トーコは呟いて家々の間に隠れるように走っていく。
───にゃぁああ
騒乱の現場に響く猫の声をききながら。




