割って入る影
───あれは、駅で遊んだ帰りだったか。
「……やべ」
電車を降り、改札を出る。
雨だ。バスで帰るか?
そう考えて財布を確認する。
…………………。
無言で財布をポケットにしまった。
「走るのかよ」
雨は、小雨と呼ぶには強すぎる。傘を買うのは勿体ない。バスなんて以ての外だ。
そう考えた彼はずぶ濡れになってでも帰宅する事にした。駅にいると、視界の端々に、見たくないものが映り込むから嫌だ。ああは、なりたくない。
駅ビルを歩く。少しは家までの距離を稼げる。理由としてはそんな所だが、気分は外の天気のように鬱屈としてくる。
笑い歩くカップルだとか、華々しい店だとか。どうしても遊んだ反動に気分が悪くなる。最近、貯金通帳の残金が減ってきたのを理解してからは、特に。
駅ビルを出る。雨はざあざあと弱まることなく降り続いている。気分が悪い、ああ!! 堪らなく、気持ち悪い。
「ちっ」
歩く。髪が濡れる。肩が濡れる。足が濡れる。靴が濡れる。
腹の底がぐつぐつと痛む。気持ち悪い。くだらない事だ。気を紛らわせる為に遊んで、結局紛れることはない。どこでもこの、不快感はちらつく。ずっと腹の底に居座っているのだ。
逃げ場など無く、きっと現状維持をしている限り、破滅を迎えるまでついて回る。自業自得。ああ、そうだ、大学に落ちた、そこからだ。そこから、だ。
──にー
「……あぁ?」
ふと、声がした。単調な雨音の間を縫って聞こえたその声は、後にしてみれば運命だった。
道の端で、子猫が倒れていた。
「おいおい……何でこんなところに」
首輪はない。捨て猫ではない、のか。右後ろ足が、変な方向に曲がっていた。骨が折れてるのだ。
「まあ、知らねえや。猫だしな」
▼△▼△▼△▼△▼
………あぁ、そんなこともあった。
朧気な記憶が、蘇る。恐らくは、かなり昔の。
レオンは箱を抱えながらふらふら歩く。その記憶が蘇ったのは何故だろう。
「………っ! 見つけた」
赤い服。話の通りだ。だが、赤い服の人はゆらゆら揺れるように歩いていた。足を引きずっているようにも見えるし、何か玩具を見つけた子供の軽い足取りを思わせるような動きとも見えた。
レオンは隠れた。家の物陰。まだ村を抜けていない。思っていたよりも村は大きいものだったのか、レオンの動きが非常に鈍かったのかはレオンには判断できない。
赤い服の人──以下呼称を『血霧』とする──は、現在男と殴り合っていた。得物は独特の曲がり具合から……サーベルだろうか。
「あ───」
血飛沫が舞う。男が負傷をしたのだ。その隙を狙って更に頭に何かをぶつけると、男は崩れ落ちた。
レオンは自分に、出て行くなと言い聞かせた。
「待て!!」
傷を負った、早く手当てをしないと。
「何なんだ、お前は!!」
何をしているんだ、殺されるぞ。
「村の皆を傷付けて!」
今出ていかない方が、血霧とやらも立ち去って手当てもし易くなるだろ。
「何がしたいんだ!!」
「我々は、この儀式を阻むものである!!」
女声だった。顔をレオンに向ける血霧。赤い頭巾と、鼻から下を赤い布で覆っている為に顔を見ることは叶わない。
「そんな事をして! 何になるんだ!!」
自分が幼稚な叫びを上げている自覚がレオンにはあった。が、そもそもレオンは血を見ることなんてそうそう無い日本育ちの人間だ。
冷静になるなんて、この状況では出来はしない。
「それこそ答えて何になる」
「…………っ!!」
感情にまかせるのは愚策だ。飛び出したことも。
「神子様と面識があるっ!! なんで儀式とか言うのを止めたいのかは知らないけど! 止めることは出来るかも──」
「そうかそれは良いことを聞いた」
この発言も。
血霧は走り出した。走る速さは健常者以上、短距離走のプロ顔負けの速度でレオンに迫ってくる。
対してレオンは動けなかった。動揺、疲労。それらの条件から、どこか他人事のように迫るサーベルを見ていた。
「──ああもうばかっ!! 拾った命を二日で投げ捨てるなぁっ!!」
次の瞬間には、倒れ伏した血霧の頭を踏みつけるトーコの姿があった。




