第1話 親子
※マイルドにしているつもりですが、「捕食」「弱肉強食」といった描写があります。
苦手な方は気を付けて下さい。
オーストラリアの、ある草原地帯。そこには、たくさんのカンガルーたちが生息している。あるカンガルーが、大柄なメスのカンガルーに向かって声をかけた。
「ジェニファーさん、お宅のお子さん、まだ袋に引きこもりらしいね?」
「ええ、全くうちの子ときたら・・・・・・」
ジェニファーと呼ばれたそのカンガルーは母親らしく、うかない顔でため息をついた。ジェニファーはお腹の袋をさすると、大きな声で悪態をついた。
「情けないよ‼」
袋の内側ではジェニファーの息子の、子供のカンガルーが外から聞こえてくる母の怒鳴り声に顔をしかめた。カンガルーを始めとする有袋類の子供は、1歳を過ぎると母親の袋から巣立つ。しかし、この子供はそれを嫌がっていた。その理由は───。
『グワァ!』
次の瞬間、獰猛な肉食動物がカンガルーらの群れに飛びかかってきた。1匹の、子供のカンガルーが襲われている。
「みんな、逃げろ‼」
「キャー‼」
・・・しかし、周りの仲間は薄情で、大人のカンガルーたちも襲われている子供を誰1人として助けようとはせず、逃げ惑った。カンガルーたちが逃げ去った跡地には、肉食獣がはびこっている。そんな周りのざわざわした落ち着きのない様子を、ジェニファーの袋の中から耳にしながら、子供はふさぎこんでいた。
(・・・こんな危険な所、出ていくなんてまっぴらごめんだ)
───そう、その理由は恐ろしいからだった。
「エリック」
母の声がした。先ほどのような、怒った声ではない。
「・・・なに?母さん」
「アタシもいつ、ああなるか分からないんだよ」
他の仲間と一緒に敵から逃げながら、ジェニファーは言った。
「今のままだと袋の中のアンタも一緒にお陀仏だ」
母の低い声に、エリックは思わずぞくりと身震いした。
「だから、もしもの時せめてアンタ1人だけでも助かるためにね・・・」
ジェニファーはゆっくりと大きく息を吸った。
『バッ‼』
そのまま、お腹の袋からエリックを引っ張り出した!ポイッとまるでゴミを捨てるように、エリックは放り出された。
「な、何するのさ⁉」
「いいかい、エリック」
状況が飲み込めず、うろたえているエリックをよそにジェニファーは切り出した。
「袋の外の世界に慣れるんだ!アタシらは、しばらく別行動だ‼」
「えぇ⁉」
彼女の提案は大変に冒険だった。何せ、今まで引きこもりで生活能力は無いに等しい息子を天敵が至る所に潜む外界へ引っ張り出し、段階を踏まずいきなり独り立ちさせようとしたからだ。
「じゃあ、元気でやるんだよ」
そう言い残し、さっさと母は去ってしまった。
「そ・・・そんな~・・・。母さ~ん・・・」
残された息子は、なんとも情けない顔に涙を浮かべ弱々しく母の後を追おうとしたが、袋から出たことのない自分の運動能力などあってないようなもので、高速で跳ねて移動していく母はみるみる遠くへ行ってしまった。
ここまで、読んで下さってありがとうございました!