第四十九話・「たまには本音で語り合わないといけない」
さて、外の喧騒が届いていない城の中。
特に会話もなくマギアとヴァムピーラは没収された所持品を回収しに来た、のだが。
「・・・誰もいない、な」
「・・・みたいね。いくら何でも看守の一人や二人はいると思ったのに」
見張りが全くいない。
牢からここまで少し迷いながら恐らく遠回りをしたと思われるが、その道中でも人影は見かけなかった。
牢の中から何かごちゃごちゃと言われてはいたが。
口には出さないまでも、マギアには思い当たる事はあった。
(まさか、〝もう〟か?魔王達の襲撃で衛兵が駆り出されている・・・?)
考えられない話ではない。
というかそれくらいしか思いつかない。
アリスの、未明の魔王の前ではどうやら距離など無価値らしい。
「ま、いいわ。取り敢えずは幸運だったってことにしときましょう。
・・・って聞いてるの?」
「うぇっ?あ、ああ。聞いてる聞いてる。俺は取られる物持ってねえからヴァムピーラが剣取ったら行くぞ」
「はいはい。もう持ったけどね」
「はやっ」
見ると既にヴァムピーラは剣を二本背負っていた。
思わずマギアが呟いてしまうほどの早業である。
ごちゃごちゃと物が適当に積み重なっている倉庫からよくもまあ見つけたものだ。
「ふふん、愛剣の場所くらいすぐにわかるに決まってんでしょ・・・って言いたいんだけど。
これはトオヤの神器の力よ。神器を手元に引き戻す、ね。トオヤと戦ったのにそんなことも知らないの?」
「引き戻す、ねぇ?」
聞いたところの宵闇の魔王も蒼黒の焔などという、体を蝕む力を持っていたらしい。
しかしだ。
恵のエクスカリバーにそんな力、あっただろうか?
恵が所持した剣がそのまま神器になるらしいことは聞いたが、それを剣の力と言っていいのだろうか?
まさかと思うが。
(あいつまだまだ強くなれる余地があるのか?今ですら相当強いのに?)
もしかすると彼女は本当に世界の一つや二つ救える女性なのかもしれない。ちょっとおバカだが。
魔王アリスといい、サクラとかいう幽霊といい、恵といい、マギアが敗北を喫する刻はかなり近いのかもしれなかった。
そんなことを考えつつも。
「・・・じゃあ倉庫までくる必要なかったんじゃねえの?」
「・・・いや、私の使う大剣いるし」
「足引っ張ってんじゃねえか」
「おいぃ!口を慎め魔王!!」
半泣きで叫ぶピンクの物体を放置し、マギアはひとまず上へと向かっていく。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ。衛兵の巡回がいたらどうするのよ」
「多分、いやそれは絶対にない」
何故か言い切るマギアに不信感を滲ませながらヴァムピーラは尋ねる。
「どうしてそんなことが言えるのよ」
「・・・ああ。なんでも、だ」
理由は単純。
牢屋の看守というのは国が切迫しても基本的に最後の最後まで外されない人員だからだ。
どういう意味かと言うと、城の中で最も重要なのは王の警備と牢獄の警備なのである。
だからこそ看守がいないというのは魔王の襲撃の対応に追われ、それだけ人員が切迫しているからなのだ。
が。
マギアは魔法でも使ったかのようにヴァムピーラに説明しないのだからいい性格をしている。
「・・・とまれ・・・」
自信満々に歩くマギアとヴァムピーラの前に二本の槍が交差した。
妙に抑揚なく話す二人の兵士が左右に待ち構えていたのだった。
「(ちょっ、ちょっと!普通にいるじゃない!)」
「(・・・あれー・・・?)」
ドヤ顔で安全だろうと言った直後にこれである。
流石のマギアも言い逃れる術が無かった。
「会ってしまったのなら仕方ねぇ。押し通るだけだ」
「いや。【止まれって言われたら止まれよ】」
マギアの半ばヤケな言葉に、呆れた声がかぶる。
と、同時に。
「・・・・・・ッ!?う、・・・・いぃ・・・ぎ・・・・・・」
がくん!と。
隣にいたヴァムピーラの膝がいきなり落ち、そのまま硬直する。
口すらうまく動かせないのか呻く彼女の前に、よくよく見知った少女が現れた。
「・・・シレーヌ・・・?何してんだ、こんなところで」
「何してんだ?、は私のセリフだっての。なに勝手に捕まってくれてやがるんだ?」
「俺は・・・」
と、言いかけて。
横でヴァムピーラが何か呻いていた。
「・・・・・あ、あん、た、つつtいに・・・」
「うんごめん何言ってるか分からん。これシレーヌの『歌声』のせいか?」
「ええ、止まれってね。望むならこの桃色の生物にあられもない格好させることも出来っけど?」
「へぇおもしれえな。やってみるか?」
「い、いや・・・もどせ・・・・・・ば、か・・・っ!」
にやにやと笑いあう魔王と悪魔モドキに、呻くしかできないまな板の上の魚。
シレーヌに悪乗りするマギアだったのだが、流石にかわいそうになってきた。
なので冗談はここまで、とシレーヌに目配せしたのだが彼女は、
「は?なんで?トオヤがいないこの鬼嫁とか野良犬より無力だぜ?いいじゃん今のうちにいたぶれば」
「・・・俺はお前の思考が一番怖いかも。つーか話が進まねえから早く戻せ」
ちっ、と舌打ちするシレーヌが一言、動いていいぞ、と言った瞬間ヴァムピーラは勢いよく立ち上がる。
「・・・久しぶりの挨拶にしては随分じゃない、シレーヌ!また猿轡つけてあげてもいいのよ!?」
「また?」
「ハッ!やってみろよ、金魚のフン如きが。トオヤの嫁だかなんだか知らねーけどお前なんてあいついなかったらただの姑息な吸血鬼だろ?」
「嫁?」
にらみ合う二人。
その言葉に引っかかる点がいくつもあるマギアなのだが彼女たちは聞えていないらしい。
「おい、もういいから状況の説明をだな」
「つーか鬼嫁、お前愛してる相手を殺したのかもしれないマギアと一緒にいて恥ずかしくねぇの?」
「うっさいわね!あんたこそ遂に魔王に魂売ったのね!」
いつまでたっても言い争いが終わらない。
恐らくだが。
(こいつら・・・そもそも性格が合わねえのかもな。似たもの同士に見えるが。シレーヌはトオヤって勇者の仲間にはならなかったらしいし)
しかし、残念ながらマギアにも忍耐の限界がある。
簡単に言えば。
「・・・?いきなり頭撫でるなよ。マギア以外がそんな事しやがったらぶちのめしてるぞ」
「ちょっ、ちょっ、頭から手を放しなさいよ!」
もうそろそろ面倒くさかった。
シレーヌとヴァムピーラの頭に手を置き。
そのまま彼女たちの頭を勢いよく引き寄せた。
・・・丁度、彼女たちのおでことおでこがぶつかるように。
「「頭が割れるように痛いぃいぃいいいいいいいいいいい!!!!!」」
それぞれでのたうち回る彼女たちを見ながらため息をつくマギアだった。
「・・・ふぅん、マジで城に潜入するために自分から捕まったんだな。私に声かけてくれりゃいくらでもやってやったのに」
少し経ち。
おでこをさすりながらマギアの話をおとなしく聞いていたシレーヌは不満そうに言う。
マギアとヴァムピーラにはそれが意外だったが。
「なんだ、随分聞き分け良いな。どうせ頼んでもやってくれねえだろうと思ってたが」
「そうね。昔のシレーヌなら絶対つっぱねてるわ」
「鬼嫁は兎も角として、マギアにそう思われてんのは心外だぞ。私はマギアに言われたら大抵何でもするけどな」
他の連中の事はマジでどうでもいいけど。
そう付け加えるシレーヌ。
そんな彼女に複雑な気持ちを抱きつつ、マギアはシレーヌへここに至った経緯を尋ねる。
それを聞いているうちに状況の切迫した様子が窺えた。
「1500の悪魔・・・?おいおい戦争じゃねえか」
「っていうかシレーヌ、あんたは恵ちゃんたちと一緒に南行かなかったの?」
「ああ。歌声で判断変更コード使ったからな。【一時的に私の事を忘れろ】って」
相変わらずの超自分勝手だが、それをシレーヌに言ったところでどうしようもない気もする。
彼女が言うにはマギアの方が心配だったそうだが・・・。
「・・・それはそうと、やっぱりか。リリスの戦う目的が見えてきたな」
「・・・?何の話?」
「いや、こっちの話だ。さっさと先に進・・・
そう言いかけた、瞬間の事だった。
バンッ!と示し合わせたように松明が一斉に消える。
完全に暗闇に包まれたのにもかかわらず。
マギアには、そこに現れた人物の事が分かった。
この世界で、マギアが初めて会った少女が。
松明すべてと。シレーヌとヴァムピーラを『転移』させたことを。
「・・・何のつもりなんだ、クー」
「何のつもりも何もないわ。ほんっとマギアってふと目を離すと女の子と一緒にいるのね」
暗闇の中、徐々に目が慣れてきたそこに立つ、水色の髪の継ぎ接ぎ少女。
その彼女がいつもの鋏を持ち、大きな扉に寄りかかっていた。
「別にそんなつもりねえっていうか、自然とそうなるだろ?いっしょに来た連中もガザニアと俺以外女だし」
「まあそれはそうなんだけど。でもほんとに気をつけなさいよね、シレーヌみたいなやつもいるし」
「・・・いや、まああれはあれで個性じゃねえか?」
「それにマギアってば、朝も自分じゃ起きれないしさ。仕事するとき大変よ?
ご飯はまあ買えばいいとしても、絶対苦労するんだから。
ああ、それと所かまわず考え込む癖も治しなさい?
戦闘中とか危ないし、会話中でも突然黙られると不安になるのよ。
それだけじゃないわ。
食事の時も左手で食器押さえないし、ほんと、育ち悪く見えるわよ。
マギアも嫌でしょ、デートしてるときとかに相手の子がご飯こぼしたりしてたらさ。
まぁマギアの場合、相手には困らないだろうけど、その分あなたの力目当てで媚び売る人も出てくるんだから。
そういうのをしっかり見分けて・・・」
それは、まさしく激流のようだった。
とめどなく流れ出る彼女の言葉に、マギアが口を挟む余地すらない。
そんな、マギアを心配する、口うるさくも優しい激流。
「・・・っていうのもあるし、そう、それと身体にも気を付けて・・・」
「・・・で、そんなお前はなんで俺の行く手を阻むんだ?」
「・・・・・・・・・・・・」
マギアにも分かった。
これらの言葉が、何かを隠すように、時間を稼ぐように、紡がれていることを。
「・・・そうね。長々と話しすぎたわ。私は一つ言いに来ただけだもの」
「一つ?何かあったのか?」
「今までありがと。さよなら」
理解が。
出来なかった。
クーは何を言っているんだ?というか何の話だ?
「おい、どういうことだ?」
「・・・もう、帰ってくれない?話すことなんてないわ。私とこの国で起こったこと全部忘れて、皆で仲良く評議国に帰って」
「・・・・・・はぁ?意味が分からねえぞ。クーをここに一人でおいて帰れって言ってんのか?そんなことできるわけねえだろ!」
思わず語気を荒げるマギアに、クーは。
彼が初めて見る眼で。
縋る様な眼で。
「どうして?どうして私を置いていけないの?」
「そんなこと決まってるだろ」
「それは、仲間だから?疑似的にも結婚してるから?それとも・・・・・・愛してくれてるから?」
マギアには、答えられない。
彼に、誰かを愛するような感情は、否。
誰かを愛するような『機能』は、無い。
そしてそれは、クーが望むような感情でないのも、確かである。
そしてそれを、クーは知っていることも、また、確かである。
しかし。
「・・・ごめんね。マギアの考えは知ってたのに、困らせるようなこと聞いて」
もしかしたらと。
そう思う、可能性の麻薬が彼女を突き動かした。
動かしてしまった。
その結果。
ゼロになってしまったが。
「でも、さ・・・。こ、これで、分かった、でしょ?
・・・・・・マギアは優しいから、私に情けをかけてるだけ。私がいなくてもやってけるわよ」
声が明らかに震えている。
しかし、どこか諦めたかのように。
彼女は鋏を。
愛する人へとむける。
「・・・これが、最終警告よ。今すぐ去れ!」
それでもなお、マギアは黙したまま動かない。
祈るような気持ちで。
マギアに手を挙げるという最悪の一線を超えたくない一心で。
必死に敵わないと知る相手に、最後の気力を振り絞った一喝すら。
彼には届かないのか。
しかし、彼女も引けないのだ。
ここでマギアに帰らせなければ、彼と彼の仲間の誰かは死亡する可能性すらある。
そんなことになれば。
-------私のマギアが悲しむ。
それだけは、避けたいから。
「・・・その沈黙は否と取らせてもらうわ」
彼女は。
決定的な一撃を、マギアの胸に刺す
「何が違うんだ?」
その、直前に。
マギアの言葉が彼女を押しとどめる。
「・・・なんの、こと?」
「クーを愛することと、クーが大切だから守りたいってこと、それはどう違うんだよ」
「・・・・・・え?」
絶句する。
だって。
その言い方は。
「俺は本気でクーの事が大事だし、守りたいと思ってる。
なんか過大評価されているようだから言うけど、俺は見ず知らずの他人を助けるほどやさしくねえぞ。
だって、ただ手を貸すだけじゃ、本当にそいつの為にはならない時も多いんだから。
助けるとこっちにもメリットがある時が多いから損得勘定で行動してるだけだ。
でも、クーは違う。
仲間だからとか、結婚してるからどうかとか、そんな表面的なつながりなんて関係なく。
大切なんだ。
クーとこんな形で離れるなんてのはとてもじゃねえけど納得できねえよ。
だから教えてくれ。
好きとか愛してるとか、俺には分からない。
俺の持つ感情と、クーの言う愛は何が違うってんだよ」
何処が違うと言われれば、まあ違うだろう。
彼の言う大切だというのは友情のようなもので。
どう見積もってもその先の話ではない。
でも、その言葉は。
半永久的に決別することを決めたクーの心を揺さぶるには十分だった。
「・・・なっ・・・なにを」
「っていうかそう言うクーはどうなんだよ?」
その言葉に、クーは反射的に叫んだ。
堰を切ったかのように。
「愛してるに決まってんでしょ!誰が好き好んで、愛してもいない男の面倒を見るってのよ!
大好きよ、一日中マギアの事が頭から離れないくらい!
ほんと、それに気が付いた時は頭おかしくなったのかって自分疑うほどだったんだからね!?
だから・・・だからマギアとサクラは会わせたくないの!
間違いなく私の大好きなマギアが傷つくことになるから。絶対に悲しむことになるから・・・!
そもそもが私の身体の問題でしょ。この国の事は、私に任せて。マギアは、
「いや、それは出来ない。確かにこの国に来たのは理由はクーの用事があったからだ。
だが今からは違う」
彼女の。
赤く腫れる眼を見つめて、彼は。
「俺の大事なクーを苦しめて追い詰めて泣かせたこと・・・」
ドアを音速で蹴り砕き。
半透明で荘厳なローブを纏い、腹を抱えて笑う白い幽霊に向かって。
「その罪が簡単に許されると思ってんじゃねぇぞ、死者如きがァッ!!」
クーですら聞いたことが無いほどの怒声で吠えた。
祝!マギアさんガチギレ回!
自分でもなんで祝ってるのかわかりません、そよ風と申します。
今回はいつも以上に書いてて楽しい回でした。
但し、ここからなんですけどね。正念場は。
それとこれ作者としてどうなのって感じですが、自分でもキャラクターが多すぎて頭の中だけで動かすのが厳しくなってきました。
正直いろんなところでいろんなことが起きるせいで一つ一つ書き出さないとフラグ管理ミスりそうで怖いです。なんとかミスって訂正しないといけなくなる事が無いように願い、今回はここまでといたします。
ここまで読んでくださった方に感謝を。
実際、恵の主人公補正は桁違い。
彼女の強さにはあまり理由がない故に、実は強さに理由があるマギアより余程理不尽だったりする。
・・・正直作者もなんで彼女が毎回勝つのか良く分かっていないというから驚き。
なんか気が付いたら勝ってる少女なのである。
ちなみにマギアが恋愛に関して理解できないのにも理由があるのだぜ?




