第四十八話・「あの二人は何処ほっつき歩いてるんだ?」
ぐねぐねと脳みそをかき回されるような不快な感覚。
同じく不快な幻覚には慣れてきたが、身体を変える時の酩酊感は未だに慣れなかった。
ベットで寝ているマキナとマギアの感覚の差なのかもしれないが。
湿った空気。
カビくさい臭い。
そして地面の冷たさ。
それらを感じつつマギアは起き上がり周囲を見渡した。
「・・・牢獄?ただの喧嘩程度で大げさなことだな」
格子状の檻の中に閉じ込められていた。
ご丁寧にやけに大きい手枷まで嵌っている。
まあ目的は達成したな、と考えていると。
「よーやく起きたか新入りィ!!」
マギアと同じ薄暗い牢の奥から野太い声が響く。
それだけではなかった。
「おいおい、何人入りなんだよこの牢獄。軽く20人ぐらいいるじゃねえか。手抜きすぎだろ」
ごつい大男から小柄な女性まで同じく手枷を付けられた連中が、マギアとその隣に倒れるピンク色でツインテールの少女ヴァムピーラ=フレイシスを見ていた。
マギアの呆れたような言葉にゲラゲラと笑う囚人たち。
そのなかでもごつい大男に寄り添う服をはだけた女が感心したように言う。
「凄いわねぇ坊や。この地下牢の王たる我らがカーム様に痛めつけられて、なおそうやって平静をよそえるなんて」
「・・・ぐ、この・・・どクズ・・・!」
その言葉に反応するようにヴァムピーラがうめき声をあげる。
先ほどまでデカい剣を振り回していたとは思えないほど痛々しい声だった。
暗いため彼女の身体が傷ついているのかいないのか分からないが、どうやら本当に痛めつけられたらしい。
が。
(意識が引き戻されなかった時点で大した奴じゃないのは間違いねえけどな)
エルフの国に行くとき、馬車が横転した衝撃で勝手に意識が切り替わった経験のあるマギア。
それが今回無かったということは、つまり大したダメージではなかったのだろう。
それに加えて大したことない奴にやられたヴァムピーラも同じく。
物凄い勢いで興味が薄れていくのを感じながら、適当に返事をしておく。
「あーうん、こわいこわい。で、カーム様ってのはどれだ?」
恐れもせずそう言うマギアにごつい大男が立ちふさがる。
その隣には子分やら愛人やらが寄り添っていた。
そのすべてに手枷が付いているにもかかわらず、何故か大男にだけは手枷が付いていなかった。
「鼻につく態度じゃねぇか新入り。俺様はこの牢屋を監視してる監督官なんだぜ?」
「監督官?牢屋に入ってる監督官とか見たことないが」
「はん!まあ要するにだ、俺様は何しても許されるって・・・ことだっ!」
そう言うとカームは隣にいた女を殴り頭を踏みつけた。
ぎゃんっ、という悲鳴と共に苦しむ女を見てなのか、ヴァムピーラがぎこちなく立ち上がりカームを蹴りつける。
「・・・っつてぇえな、このガキィ!おい、お前ら、こいつ黙らせろ!」
「こんなクズに従って、女性が痛めつけられてるの見て見ぬふりして、それでもヴァンパイアの男なの・・・!?」
吼えるカームとヴァムピーラ。
両者の行動に周りは動かない。
周囲の反応を窺うように俯いている。
所詮は暴力で従わせてきた男、カリスマは一切なかったらしい。
「・・・クソが・・・ッ!良いぜ、お前らがそのつもりならこのガキを黙らせた後はお前らの番だ・・・!
手枷に込められてる魔法陣で魔法がつかえねぇお前らに勝ち目なんざねぇってのによォ!」
「私は勇者の仲間、ヴァムピーラ=フレイシスよ。小悪党なんてこれまで数え切れない程倒してきてるわ、来なさい!格の違いを見せひゃぁああああああ!!!!!」
闘志満々で対峙するヴァムピーラの背中に置いてあった冷たい飲み水を流し込んだ。
「な、なにすんのよ変態!?あんたとの決着は後でつけてあげるから今はそこで座ってて!」
恥ずかしがっているのか怒っているのか、赤面し悶えるヴァムピーラ。
もちろん彼女の言う通り、さっきまでは座って対決を眺めていたのだが状況が変わった。
「なんだ?次はムカデでも入れようか?」
「いやぁあああああ!!」
ヴァムピーラは叫びながらマギアから一気に距離を取り壁に張り付いた。
そんな愉快な子をしり目にマギアはカームに尋ねる。
「『手枷に込められてる魔法陣で魔法がつかえねえ』って言ったな。それどういうことだ?そんな魔法、聞いたことないが」
そこだった。
もし本当にそんな魔法が技術があるのなら、間違いなくこの先の戦いで必要になること請け合いだろう。
特に魔王の10属性魔法などを封じられるのなら、なお良い。
そんな目論見があってヴァムピーラを退かせた訳だ。
が。
「ああん?知らねえよ。使えねえもんは使えねえってだけだっつの」
「・・・お前監督って言ってたじゃねえか」
「やかましいんだよ!邪魔すんじゃねえ!」
頭に血がのぼっているこの男には言葉が通じないらしかった。
思わずため息をつくマギア。
その行動によりさらに相手が怒ると予想しながら。
「どいつもこいつも、俺様を馬鹿にしやがってよおおぉぉおお!全員ぶっ殺してやるからなぁ!!5属性魔法『依嘱囁く鋼焔』!」
朱く踊る焔がマギアに直撃し薄暗い牢屋を照らした。
強烈な熱風が壁やヴァムピーラを叩く。
「ちょ、直撃って、トオヤと渡り合ったマギアがこんなに弱いはず無い・・・。まさか魔王の名を騙った偽物・・・?」
「---------出会っていきなり睨むわ、剣で攻撃してくるわ、挙句偽物扱いかよ。勇者も形無しだなオイ」
表面が少し溶けている石床の上に平然と立つマギアに全員が言葉を失った。
若干黒い服や髪から焦げた煙が出ているように見えるが目立った外傷はない。
・・・彼からするといつもの事だが。
「・・・おま、え、どうやって・・・?」
「あーそういうのもういい。面倒だから他のやつに聞くわ」
ばぎぃいいん!!と手枷を事もなげに引きちぎり。
眼を見開いたまま動かないカームの襟元を握って地面に叩きつけた。
「・・・つまり、そのサクラって女がこの魔法を開発したと」
「そうですそうです!統領のノリアと共謀する半透明の女で」
大きくひび割れた地面に埋まるカームに腰かけながら話を聞くマギア。
まさに魔王である。
(半透明ね・・・。それがクーの身体を奪ったっていう例の幽霊か?どんな奴かは分からないが何とかそのあたりの技術は欲しいな。『幽世』に関してはもう対策も考えてあるし、結構楽に勝てるんじゃないか?)
いつものように考え込み黙るマギアに、子分のような男が必死に謝り始めた。
「も、申し訳ありませんでした、まさか魔王様だとは露知らず暴力を・・・」
「え?ああ、さっきの見ただろ。俺は5属性程度の魔法じゃ傷一つ負わねえよ。強者にすり寄るのも結構だが自分で考えて動くことを忘れんなよ」
「・・・この国はかなり身分差が激しいの。あんたのいた評議国と似てるわね。だからここにいる人たちの半数はいわれなき罪だと思うわ」
マギアに手枷を外してもらったヴァムピーラは先ほどのように斬りかかるでもなく、マギアに話しかける。
目線はそっぽを向いたままだが。
愛用している剣は没収されていて、魔法を物ともしなかったマギアに戦いを挑むほど彼女は愚かではなかったらしい。
「それはそうと!どうしてあんたがここにいるのよ、黄昏の魔王!」
・・・牢屋の中で詰問を始めてしまうくらいには溝が深かったようだが。
「どうしてと言われてもな。俺も全てを理解しているわけじゃないんだが。こうしないか、ヴァムピーラ。
俺はそのサクラって奴に用があるんだ。それに今この国に夜とミュー、それに第三勇者の恵が来てる。
恐らくお前に会うためにな。だからこの牢を出てサクラとノリアを倒すまでは協力しないか?」
「あいつらが・・・!?戦争でも始める気?でも・・・そうね。分かった、わよ・・・。
でも協力はしないわ。攻撃を控えてあげるってだけであんたが死にかけても見捨てるから」
「勝手にしろ。付きまとわれても邪魔なだけだしな」
そんな険悪なやり取りをしながら、左手で格子牢を軽く捻じ曲げる。
「・・・なんかもう無茶苦茶ね、あんた」
「よく言われる。さてここは地下か?わざと捕まったおかげで楽に城に潜入出来てよかった」
こうして記憶のない魔王と仇を討とうとする勇者の仲間という不思議な二人が行動を開始したのだった。
「・・・と、いうことがありまして」
今晩泊まる予定の宿に駆け込んだルーレが、恵達にシレーヌ、ミューに夜そしてミチの8人と合流しこれまで起きたことをすべて話す。
何やら事情があるらしいクーとアルティアナ。
更にはいつものように団体行動のできないマギアはいいとしても。
「まさかヴァムピーラとマギアが会ってしまうとは運がないみゅー・・・。既に戦いに発展しているらしいし、早急に引き離さないとヴァムピーラが危なさそうみゅーな」
「いや、それはねーと思うけどな」
心配そうに親指を噛むミューをシレーヌが否定する。
が、その理由を話す気が無さそうにご飯を咀嚼する彼女に代わってサーシャが理由を言う。
「・・・・・・マギアは、ああ見えて、かなり色々考えてる。ルーレから聞いた感じだと、なにか目論見があって捕まったみたいだし、マギアがヴァムピーラに危害を加えることは無いと思う」
「ま、そうだろうね。なんだかんだマギア君が理不尽に力を振るうことは今までないからな。・・・それにしても本当にサーシャ君はマギア君のことを信用しているんだな」
「・・・・・・そ、それはあんまり言いふらさない約束・・・」
ミチの言葉に赤面するサーシャ。
その場違いな感じに苦笑いしつつ、ルーレは髪をいじりながら考える。
「あ、あははは。では私たちもまた城へと向かうべきでしょうね。おそらくわざと捕まったのは楽に潜入できるからでしょう。シレーヌさんがいれば正面から乗り込めそうですし」
「は?知らねぇよ」
「・・・マギアさんが別れ際に『シレーヌはうまく使ってくれ』って言われているとしてもですか?」
「さあ何すればいい?さっさと行くぞ」
瞬きをする間に手のひらを返したシレーヌに夜は笑う。
・・・そして気が付いた。
彼女の狼耳に飛び込んできた、その騒ぎを。
「なんかそとがさわがしいみたい。しかもまちじゅう」
「・・・?そうかな。じゃあ外みてくるね」
恵が外へと出ると、騎士たちやら大荷物の商人やらが大慌てで逃げまどっていた。
その中の一人を(無理やり)捕まえて事情を尋ねる。
「ねえ、どしたの?こんないきなり騒ぎになるなんて」
「き、聞いていないのでありますか!?西南北の出入り口から敵が襲撃してきて今、未曾有の戦争状態なのですよ!!」
「・・・え?敵!?」
「はい、悪魔ですよ!悪魔!」
「おいその話詳しく聞かせろみゅー!規模は?今戦況は!?」
「じょ、上官からの報告だと数はそれぞれ500。全部で約1500の軍隊ですッ!」
「『1500・・・!?本格的な戦争か?』」
絶句するガザニア含め全員。
それでもなお冷静さをなんとか保つルーレを中心に考えを早急に纏める。
「どうしますか?逃げるなら敵が確認されていない東から行くか、一番近い南に行くべきでしょうけど」
「それは無い」
珍しく真面目な表情でルーレの言葉を恵が否定した。
「数千の敵にも負ける気がしないマギア君だけなら兎も角、クーちゃんやアルティアナちゃんを置いてくわけにはいかないし。
それになにより・・・私は勇者だから。この街の人たちを見捨てるわけにいかないよ。皆だけでも先に逃げて・・・」
「Re:激怒/その癖、治せってみんなから言われてますよね。前みたいなことにはさせませんから。残された方がどれだけ心配かそろそろわかってください」
「・・・ご、ごめん。でも引けないんだよ!」
ほとんど感情を露わにしないアスタルトやサーシャ、ガザニアから全力で怒られる恵。
マギアと似て、一人で勝手に突っ走りやすい彼女はどうやら以前にも何かやらかしているらしい。
それでも彼女の意志は固いようだったが。
「・・・なら仕方ありませんね。敵は三方向から。今いるのは私達8人。だったら3、3、2で分かれて戦うべきでしょう。
戦線は既にあるようですし、問題は組み合わせでしょうか。2人の所には一番近い南に行ってもらいましょう。
それぞれで敵が片付き次第他のところに応援へ行くという形です。それで相談なのですが・・・恵さん。2人の所を受け持ってもらえませんか。
二人分の働きが出来るのは恵さんしか考えられません」
「任せて。私と・・・そうだね、サーシャちゃんで南出入口向かうよ」
「お願いします。私とガザニアさんと夜さんで北へ、ミチさんとアスタルトさんとミューさんで西に。それでいいですか?」
「構わないが・・・何か理由が?」
「ここから遠い北まで行くのに、竜と狼ならそれほどかからないでしょうから。他の理由もありますが、それは後にしましょう。
では・・・御武運を」
テキパキとしたルーレの指示のもと、8人はヴァンパイアと悪魔の戦争に巻き込まれていく。
最近フリーゲームにはまってるそよ風と申します。
ああいったゲームはどうしてもピンキリになりがちですけど、やってみたらどれも面白いですね。
なんか気が付いたら朝になってました。二日後の。
さらには一昨日の打ち上げで葉巻を吸っている人を見て驚愕したりと、先週今週は忙しかったです。
でも今日からは日常に戻るんですね、それはそれでさみしいかも?
ではここまで読んでくださった方に感謝を。
遂に、軍が動く。
そして当然マキナが煽ったあの人達も・・・




