第四十三話・「・・・チャンスじゃん」
「はっはっはっは、面白くなってきたのぅ」
「・・・どう考えても笑ってる場合じゃないゾ」
評議会室、会議室、なんかきれいなへや、ぼろや、などなどと人によって様々な呼ばれ方をする王宮の一室。
爪を磨きながら笑うドラゴンの族長パールに、もはや無言で何かの塊をいじくるドワーフの皇帝タ―ヴ、そんな二人にエルフの副長ベーゼはため息をつきつつユリへと話しかけた。
「それで、マキナはまだなのか?今ほどの緊急事態はなかなか無いゾ」
「ランとノーブルに捜索してもらっているのでそう時間はかからないかと」
焦りを隠しきれないベーゼをユリと机の上に置いてある箱からの声がたしなめた。
『こういう時こそ冷静にだ、ベーゼ。マキナが戦っていた時のことを見習おう。特に今回は少しのミスですべてが瓦解しかねないからな』
魔動音声伝達機。そう呼ばれる一抱えほどの大きさの箱から出ている声はエルフの国に一時的に戻っていたトラムのものだ。
恋人の冷静な声に余裕を少し取り戻したベーゼだったが、
「ふむ、トラムとやらの居るエルフどもの森は危険が少ない故、幾分か冷静なようじゃの~」
嗤いながら皮肉気に言うパール。
しかしトラムは相手にしなかった。
『むしろ人質を取られている気分だ。ただでさえベーゼと離れて5日だというのに・・・』
「私が簡単に殺される奴じゃないのはトラムが一番知ってるだろう?」
『それはそうだが・・・つい最悪の想像をしてしまってね。ベーゼがいない世界など考えたくもないのだがな』
「・・・ちゃんと待ってるから大丈夫だゾ」
『すぐに向かう。ベーゼ、あ』
「おっと、そこから先は会って二人きりで、ね」
『・・・ああ。そうだな』
聞いている方が胸焼けしそうな会話のやり取りに割って入ったのはユリでもパールでもなかった。
「・・・おい。いちゃつくのはやることやってからにしろよ」
「でも戦争で引き裂かれた恋人、もえますねっ!!!」
「ランはほんと影響されやすいな・・・」
マキナとラン、アロマである。
珍しくアロマは特に茶々を入れることなく円卓の椅子に座った。
あーゆうのが恋人らしいわけね・・・、とつぶやいていたことにマキナは気が付かなかったらしい。
「・・・うわぁ、もしやもしやのルーレさんと一騎打ちぱたーんっ?」
「・・・?誰が?」
「いえいえっ!なんでもありませんっ!」
両手をぶんぶんと大げさに振るランを不思議に思いつつ、マキナは本題に入る。
「で。聞いた話じゃ、3万の軍勢が向かってるとかなんとか?」
『ああ、間違いない。遠視の魔法でベーゼも僕も確認済みだ。幻影でないならの話だがな』
「幻影かもしれない確率は?」
「残念なことに、ほぼ有り得ないと思った方がいいゾ。エルフとドラゴンと人類の魔法知識を結集してなお届かないような未知の魔法じゃない限りは」
「なるほどな・・・」
マキナの考えでは幻影の可能性が高いと思ったのだが。
(読み間違えた、か・・・?本格的な戦闘は東雲たちがマギアの意志を確認してからだと思ったんだが・・・)
評議国に二人の魔王が現れた理由、それはマギアと会うためだとそう言っていたらしい。
対してエルフの国には、それほど力のない悪魔が一人いただけだった。
どう考えても普通なら逆の采配、つまりエルフの国に魔王を送る方が先決だと考えるだろうに、何故東雲はそうしたのか。
理由は単純に東雲たちはマギアが何を考えているかさっぱり分からず、自分たちの行動がマギアの邪魔になる事を恐れたからじゃないかとマキナは見ていた。
だからこそ、東雲たちが分かりやすいようにマギア達全員でヴァンパイアの国に移動しているのだから。
「・・・・・・・・・」
考え込むマキナの代わりにアロマが質問を始めた。
「その魔王軍たちはどれくらいでここまで攻めてきそうなの?」
「今は止まっておるが馬車でゆっくり行ったとしても一時間ほどしかかからん丘の上じゃの」
「・・・3万体の悪魔が進軍してたことに今まで誰も気が付かなかったってこと!?気抜けすぎでしょ」
「ぐっ・・・周辺の見回りは強化していたのですが・・・」
悔しそうにそう言うユリ。
『それに関してはマキナのミスとしか言えないが、今は身内で争っている場合ではないだろう。少なくとも今の我々では戦力的に厳しいんだからな』
「・・・ミス?」
トラムの言葉に反応を返したマキナは、
「ま、マキナ様・・・っ?」
あの笑みを。まるですべてを見抜いているかのような笑いを浮かべていた。
「おいおい、どこがミスなんだ?教えてくれよ」
『・・・どこが?どういうことだ?』
「見回りがあったのに3万の大軍を見逃すはずないだろ?つまりそれは姿を隠して進軍したりだとか転移してきたとか、そういう手段があるってことだ。そしてそれは・・・」
もったいぶって椅子から立ち上がり、振り向いた、その目の前に。
「久しぶりね、マキナ君。元気にしていたかしら」
頭には頭蓋骨のようなものを乗せ、2本の角を持つその悪魔は。
紫の髪を足元まで伸ばす白と黒に着飾った見覚えのある女性は。
あの時と同じく、たった一人で現れた。
「・・・?誰じゃ貴様は?」
「私は【東雲の魔王】リリスよ、傲慢なトカゲさん」
「ほーん、いや、まさか魔王様ともあろうものが牛だかヤギだかの家畜風情だとは流石のわらわも思わなんだ」
今にも戦い始めそうな悪魔の傑物と世界最強種族の長。
そんな会話に口を挟めるのは同じく怪物だけである。
「来るだろうなぁと思ってたよリリス。でもそうやって警備すり抜けて一人で来るのやめてほしいんだけど」
「城門ごと殴り壊して入城した方がよかったかしら?」
「・・・その価値観から改めろよ」
微妙に引き気味のマキナだが、ふと振り返ってみるとマギアの方ではよくやっている事である。
魔王ってみんなそんな感じなのか?と思っているとベーゼがゆっくりと話し始める。
「・・・東雲の魔王、なるほど貴様が私達の国を攻めている大将か」
「見た所エルフ、かしら?運がいいわね、あなたたちマキナ君に保護されてなかったら今頃処刑場よ」
『否定はしない。だが今この現状で危険なのは貴女だろう』
「・・・誰?いや、特に興味もないから言わなくていいわよ」
「『・・・・・・』」
「私が今日会いに来たのはマキナ君と・・・そこの兎だけよ」
「あ?私に何の用よ」
「・・・忘れたとは言わせないわよ。私の眷属の錐蟻を殺し、宵闇の片腕を奪ったことを。
・・・楽に死ねると思わないことね・・・」
本気の殺意を隠しもせず、瞳孔を開きながら静かに激昂するリリスに、
「そんなもん私の知ったことかよ。弱いくせに私にたてついてきたのが悪いんでしょ?」
と、アロマは嘲りながらそう返す・・・いつもならそうだろう。
だが彼女はリリスの威圧にスッと目を逸らした。
(こりゃ本当に重症だな・・・。今まで敵無しだったせいか自信喪失しちゃったのかねぇ)
そう思い、さりげなくリリスからアロマを庇うようにして前に立つ。
「そろそろ煽りあいと交流は済んだか?一応用件を聞こうか東雲」
「一応ってことは大体見当はついてるみたいね」
「そんなもんこの場の全員が見当ついとるじゃろ。・・・宣戦布告か最後の脅しといったところじゃろ?」
「当たらずとも遠からず・・・。私はマキナ君に提案をしに来たの」
「・・・なるほど。そこまで・・・」
「・・・・・・やっぱり察してるみたいだけど、マキナ君。あなたの国と同盟を組めないかなと思って」
「『・・・は?』」
「・・・なんじゃと?」
そもそもここにいる全員は『魔王軍を倒す』という目標の下に集まっているはず。
なのに、そこに魔王軍が入る?
意味不明が過ぎた。
「同盟国になるのなら協力は惜しまないつもりよ。国家的戦力からマキナ君個人の娯楽までね。ただその代わり・・・そこの兎とエルフの国を頂戴?あ、ついでに空飛ぶトカゲも」
「要するに、人間は助けてやるから裏切れ、と」
身もふたもないマキナの要約に、ふふっと笑うリリス。
「はっはっは、面白いことを言うのう。わらわに勝てるとでも思っているのかしらん。
・・・という訳で、今この場で戦争開始でよいなマキナ。
それとも・・・悪魔に魂を売るか?」
同じく笑いながらそういうパールにトラムが叫ぶ。
『な、バカな!今から戦争?!正気か?勝てるはずがないだろうが!』
「知ったことではないのう。我々ドラゴンはいつでも戦える。まぁ・・・戦力になりもせんエルフやら人間やらがうろついておったら思わず『誤射』してしまうかもしれんがの、はっはっは!」
冗談にもならない。
「悪魔の言う通りにすればドラゴンとエルフが敵になり、ドラゴンの言う通りにしても戦場になる評議国は大きなダメージを負う・・・っ」
ぼそっとマキナの隣で呟くラン。
そう。
およそどの選択をしたところでマキナの、評議国の得にならない。
どちらにも待っているのは戦力差がありすぎる種族との戦争だけだ。
「・・・はぁ、協調性のかけらもないな本当に・・・」
「それで、マキナ君は誰の味方になるのかしら?」
「いや・・・俺もそんな暇じゃないんだよ。こんな『茶番』に真面目に取り合えないっての」
『・・・茶番?』
「ああ。東雲もパールも動く気なんてないんだからな」
「「・・・・・・・・」」
「・・・え?どういうこと?」
「まず東雲だが、3万もの軍勢を転送することが出来て東雲も王宮まで来れているのになんでわざわざ少し離れたところに軍を置いた?脅すのならすぐそこの広場に転移したらいいだろうに。
簡単な話・・・東雲、お前は黄昏の魔王が怖くて仕方ないんだろ。俺も黄昏が何を考えているのか良く分からないが、少なくともお前はあいつの意思に反して怒りを買いたくはないみたいだな」
「ふふっ・・・残念だけど、
「黄昏はヴァンパイアの国にいるってか?知ってるよ、そんなこと。だから先に戦争の準備だけして黄昏の意思を確認しに行き、手を出すのはそこからにしようとしてるんだろう?
要するに同盟がどうのとか言う話も時間稼ぎに過ぎないわけだな」
「・・・・・・なんでそこまでマギアの、黄昏のことに詳しいのかしら?」
「それは行ってみれば分かると思うぞ。ヴァンパイアの国にね」
「・・・・・・はぁ」
「東雲だけじゃない。パールもそうだ・・・ばれていないとでも思ってるのかな?」
「・・・・・・ふむ」
黙り込むパールとため息をつく東雲。
事情を知らないアロマでも、マキナの圧倒的な優位に驚いていた。
(やっぱりマキナ・・・明らかに尋常じゃない。本当に人間なの・・・?)
もはや人間であることすら疑われ始めたマキナに、突然リリスがつぶやいた。
「・・・やっぱりばれるのね」
「うん?諦めたのかな?」
「いえ。正直ばれるだろうと思ってたいたわよ」
「・・・だめもとで来たってことか?」
「ばれると分かっているのなら・・・ばれてもいいように策を立てる物よ、マキナ君。
まぁ、君は負けたこと無さそうだからそういう経験もないだろうけどね。
・・・未明っ!作戦変更よ!」
マキナの後ろを見ながら。
その視線をたどりマキナが振り返ったそこに。
「【後顧の憂い】初めまして人間さん」
闇の中から現れた二本の華奢な手がマキナの首に巻き付く。
それに反応出来たのはランとアロマだけだった。
右手から放出される凝縮された炎の剣を振りかぶるアロマ。
そんな彼女を止めたのは、リリスでも未明でもなく。
「・・・アロマッ!」
がしっとアロマの腕をつかむマキナの手だった。
「・・・えっ?何すんのよ!?」
「任せた・・・っ!」
マキナの謎の声を最後に。
リリスも未明も、そしてマキナもが闇の中に消えていった。
戻ってきてしまった微風とは私のこと、そよ風と申します。
ワタシ、テスト、ノリキッタ、ワタシ、タブン、シンキュウデキル
恐らくは大丈夫だと思います。というかそう思わないとやってられません。
まあ、ダメだったとしても私のクローンナンバーが増えるだけでしょう。
さてではここまで読んでくださった方に感謝を。
闇の中に引きずり込まれながら、チャンスじゃん、とか思えるマキナさんマジリスペクト




