幕間17・約束の暴走(アスカルド・プロミス)
黄昏色の空の下。
魔王軍の街『アザ―ヘヴン』の中心にある魔王城のバルコニーで【東雲の魔王】リリスはぼんやりとただ風に吹かれていた。
普段のリリスは何かを考えているか指示を出しているかなので、彼女が今のようにボーっとするのはかなり珍しいことと言えるだろう。
足元まである紫色の長い髪を揺らす彼女の後ろから、着物の男が話しかけてきた。
「どうしたんだ東雲。らしくないが大丈夫か?」
「・・・それは私のセリフよ。身体は大丈夫なの宵闇」
東雲が振り向いた先には着物の左袖を垂らした【宵闇の魔王】ダスクの姿があった。
表情や雰囲気など違いはない、が。
(・・・やはり吹き飛ばされた左腕は戻らなかったか)
気まずそうに眼を背けた東雲に、宵闇はいつものように鼻で笑う。
「ふん、この程度どうということは無い。〝宵闇状態〟になれば焔で腕を形作ることもできるしな」
宵闇状態とはまさしくその名の通り世界を宵の時刻に突き落とす魔法のことだ。
一時は優勢だったアロマや依を退けたのがまさにこれで、この状態である時のみ周囲の時間を遅くする10属性魔法『宵闇』が使用できる。
・・・それもこれも宵闇が黄昏の魔王マギアに忠誠を誓ったとき貰った力なのだが。
「戦闘がしやすいしにくいという話ではないわよ。私の采配が悪かったせいで宵闇も暁も怪我をして、あげく未明のことまで相手方にばらしてしまったんだから」
「・・・そう気に病むな。そもそも俺たち4人の中で一番の適役が失敗したなら、他のやつがやっても同じだろう」
不器用ながらも慰めてくれる宵闇に少し肩の力が抜ける。
が、しかし怒りは消えなかった。
甘かった自分への怒りと宵闇を傷つけた兎の少女や青髪の継ぎ接ぎ少女への怒りは。
そこへ。
「あーいたー!宵闇ちゃん、勝手に出歩いちゃーだめじゃんー」
「【安寧のみ自業】ダスクは元気だなぁ。流石はダーリンに認められた魔王だね」
宵闇を探しに来たらしい【暁の魔王】ダウンと【未明の魔王】マッドアリスがやってくる。
「監視されるほどの怪我では・・・」
「いーから・・・寝てなさいー!」
反論しようとした宵闇に暁はタックルし、未明が持っていた布団に叩き込む。
ドゴスッ!!
と、鈍い音を立てて宵闇は倒れ込んだ。
突然の一撃にはいくら宵闇でも耐えられなかったらしい。
(今一番の致命傷じゃないかしら、コレ)
苦笑しつつ、東雲は二人を見やる。
「暁も未明も、体に異常は無いかしら?」
「もー心配し過ぎー!暁ちゃんはサクッと逃げてきたんだから怪我なんて、
「【好意の嘘】なんだかんだとダウンも怪我してたよね」
「・・・うっ」
「ルーレって子にしてやられたって言ってたわよね。突然変異でもないただのハーフエルフに」
「そーそー、ほんっとにさーいろいろ準備したのに台無しだよー」
「・・・そう考えるとソレイン評議国、やはり眠れる獅子だったみたいね」
暁の策略を見抜くメイドに、宵闇をも超える戦闘力を持った生物たち。
更にはそれらを統率する元王子。
考え込んでいると未明が服の裾を引っ張る。
「【些末な次第と結末】そんなことよりダーリンは?もう行っていい?いいよね?」
「未明の眷属の水の女神が黄昏に似たやつと会ったって話だったわよね。確かリザルトゲーテの方で。
にしても・・・よく戻って来たわね未明。未明なら宵闇を助けた後、即座に黄昏を追ってそうだけど」
実際、黄昏が死亡してからというもの、未明は部屋にこもりきりで姿を見ることすら稀だった。
見た目通り子供っぽい性格で自分勝手なところが目立つ未明が、そこまで好きな黄昏を探すのを我慢できたのは奇跡にも等しいと東雲は割と本気で感心していた。
「【約束と背反する心】しかたないじゃない。ダーリンとの約束でしょ?まさか、忘れたとか言わないよね」
本気の殺意をにじみださせる未明。
言われなくとも、東雲だってあの日のことは鮮明に覚えていた。
何故なら・・・
少し前の、お話。
「・・・おい、リリス。どうしたんだぼーっとして」
「えっ?私ぼーっとしてたかしら?」
意外に綺麗にされた王の間にある玉座に座すマギアがジト目で東雲のことを見ていた。
「ああ、それはもうびっくりするくらいにな。何か気になることでもあるのか?」
「・・・だって、今日よね?」
悪魔たちが黄昏の下で一つの種族として結束した後。
エルフとの戦争が勃発しかけていたのだが、忌々しい女神が異世界から勇者を寄越してきたのだ。
いわばこれは悪魔と神の代理戦争。
どちらも引くわけにはいかないのだ。
引くわけにはいかない・・・とはいえ。
「・・・たった一人で勇者と一対一なんて、どうしてそうなるのよ」
「そーだよー、一人で行くふりして全員で勇者フルボッコにする方がいいってー」
そう言うのは当然のごとく暁。
普段ならあまりに外道な手段は気に食わないところだが、今回に限ってはそれでもいいとすら考えていた。
これは東雲の考えだが。
戦争というのは一種のチェスだ。
王は部下をコマのように扱い、部下は王を身を挺して守る。
当然それは王の資質にもよるし、部下の忠誠心の深さにもよるだろう。
しかしそれらが強ければ強いほどに、部下は喜んで命を投げ出すこともいとわない。
だからこそ王が死ぬことは部下の恥でもある。
守れもしない護衛などに価値は無い。
そして東雲が守るべき王は黄昏だ。
その王が一人で戦うと言い出しているのだから止めるのが当然だろう。
(でも黄昏のことだし、きっと言ったことは曲げないはずよね。だったら・・・後で黄昏からお叱りや罰を受けることを覚悟でこっそり横やりを入れる。激昂されて殺されようとも、それが私の忠誠よ)
だからこそ今は暁の言葉を否定しておくべきだ。
そう考え、
「暁、それはダメだって黄昏から言われてるじゃない。なにを言ったとしても変わらないわよ」
「リリスの言う通りだ。俺はこの戦争に蹴りをつけなくちゃいけないからな。・・・だからリリス。隠れて来ようとしても無駄だぞ」
「・・・・・・・え」
「分かりやす過ぎるぞ」
・・・ばれていたらしい。
眼を伏せる東雲に意外そうな声が掛かった。
「東雲は私情を挟まぬと思っていたのだがな」
「・・・黄昏は私たちの王なのよ宵闇。本当に送り出していいの・・・?!」
「【不落不滅なる王】ダーリンは大丈夫だよね。ぶっ飛ばしてすぐ帰ってくるでしょ?」
部下にしてライバルたる宵闇と一方的に恋仲になっているつもりの未明は、勝てると信じて疑っていないらしい。
「リリス、ダウン。俺は必ず戻ってくる。例え負けたとしてもな。そう約束しよう。それでいいか?」
「・・・・・・いや、まー、黄昏ちゃんが負けるとはあんまり思ってないんだけどさー」
「・・・・・・分かったわ。実際今まで黄昏が嘘をついたことなんてなかったものね」
「理解してくれて何よりだ。そういう訳で、俺が約束する代わりに一人一人約束してほしいことがあるんだが」
「なんのことかしら?」
「じゃあまずリリス。リリスは俺がいない間指揮を執ってくれ。少しの期間とは言え、王が消えるのはまずいしな。必ずしも俺のマネをする必要はない。リリスの考える最高の魔王軍を作ってくれ。あとで見させてもらうからな」
「指揮・・・権!?そんな恐れ多い、私にはとてもできないわよ・・・」
たしかに、昔増長していた時期には国を動かしていたし、身の程もわきまえず黄昏と戦争をしたこともある。
しかし今の大規模になった魔王軍を指揮するという重責、それだけではなく、今いる黄昏のポジションに一時的とはいえ自分が入るなんて烏滸がましいにもほどがある。
そう思ったのだ。
「怖いのか?」
・・・そう。
怖い。
今まで黄昏が築いてきた物を壊してしまうのではないかと。
無言の東雲に黄昏は、とんでもないことを言い出した。
「・・・俺だって怖いさ」
「・・・は、い?」
「俺はただ少し力があって少し知恵があって、それに運が良かったために王になったただの悪魔だ。
自分に過剰な自信があるわけでもない。いつだってお前たちに愛想を尽かされないか怯えているよ」
「そ、そんなこと決してないわよ・・・!」
東雲だけではなく、宵闇も未明も、あまのじゃくな暁ですらも力強く東雲の言葉にうなずいていた。
「そうか?そう言ってくれるとうれしいが、要するに誰だって怖いものさ。だが恐れるな。必死に自分ができることをしていれば、周りのやつらもついてきてくれる。これは実体験だな。約束、出来るな?」
そう聞かれて。
東雲には断るという行動自体が封じられた。
ここまで黄昏に言わせたのだ。ここで断れるはずもない。
「分かったわ。力不足な私を、黄昏が信じてくれてるなら」
「よし。なら次はダスクだな。ダスクには、これから戦争が起こる時には真っ先に矢面に立ってもらいたい。最も死ぬ可能性が高いのは分かっている。
だがお前以上に戦力として数えられるものはいないと思うし、信頼もされている。ダスクの背中には力強さがあるから、兵たちも安心して戦えるというものだ」
「任せておけ、黄昏。俺は今までもこれからもそのつもりだ」
「ああ、それと・・・不用意に人間を殺すなよ。その場合は先にリリスに聞いてからにしておけ。先走るのと、矢面に立つのは全く違うからな」
「・・・う、気を付けよう」
何度か先走り、怒られている宵闇には耳の痛い話だったらしい。
「次はダウン。ダウンには裏方に徹してもらいたい。当然力不足だとかいう意味ではない。飄々としつつも物事の本質を見抜くお前はまさしく相手にとっては脅威であり、目立ってはいけない存在だ。だからこそ表に立つリリスとダスクを助けてやってほしい」
「んー黄昏ちゃん分かってるー!影の暗躍者、なーんてさいっこーだよ」
「なら最後は、アリスだな。お前には3つ言っておくことがある」
「【歓喜狂瀾】3つ!?やったあみんなより多いじゃん!」
「・・・いや、アリスは制限多くないとやらかしそうだし・・・。いやまあいい。
一つ目、ちゃんとリリスの言うことを聞けよ。俺の言葉だと思ってな。
二つ目、事故だろうが何だろうが、味方を殺すな。これは前から言ってると思うが、徹底するんだ。いいね?
で、三つめなんだけど・・・」
立ち上がり、黄昏は未明の傍まで歩き、耳元で何やらささやいた。
「【疑問と俯瞰】・・・?なんで?」
「・・・なんでも、だ」
どうやら未明以外には教える気はないらしい。
「・・・なんだ、随分な目をしているが」
「それ、私たちには教えてくれないのかしら?」
「・・・いずれ分かる。それにこれは未明以外やらかさないだろう」
笑いながら神器を手に取る黄昏。
「・・・もう行くの?」
「ああ。早めについて損はないさ。・・・任せたぞ、4人共」
「ええ。それは黄昏もだからね、戻ってくるって約束、だからね」
「必ず戻れるさ・・・必ずな」
でも。
彼は帰って来なかった。
今考えれば、あの時無理やりにでも止めていたらよかった。
そうすれば・・・そうすれば。
(今いる黄昏が本物なら・・・彼は帰ってくる気がないということ。それはつまり・・・私たちは、捨てられたということ・・・?)
こんな絶望感を感じることは無かったのに。
恐らく4人共心のどこかでは、そうなのかもしれないと思っているはずだ。
だからこそ、皆今ここに集まっている。
真実を知るのが怖くて。
真実を知りたくて。
「・・・鮮明に思い出せるわよ。どうやってももう忘れないくらいにはね」
「【黙示録と字典】ならいいんだけどね。あの時の約束通り、お城でまとめて倒しちゃった眷属2人もちゃんと連れ帰ってるし。そのせいで敵、殺せなかったけど」
不満そうな未明に苦笑しつつ、暁は話す。
「それでー、どうするよー?目下のすべきことは、黄昏ちゃんの発見と人類の侵攻阻止、ってところな気がするけど」
「・・・黄昏なら、宵闇の腕がやられた時点で報復にいっているだろうな」
「【確信的事案】間違いないねー。昔眷属一人殺された報復に国一つ潰したことすらあったし」
「俺はそれでリベンジができるのなら喜ばしいことだが・・・それでいいのか?」
「・・・・・・・・」
少し、いやかなり考え。
彼女は最終的に黄昏の言った通りのことをすることにした。
・・・必ずしも俺のマネをする必要はない。リリスの考える最高の魔王軍を作ってくれ。・・・
(なら今すべきことは・・・)
「ソレイン評議国に軍を出す。悪いけれど黄昏の方は少し待って」
少し不満そうな、それでいて安堵したような3人を背にし、魔王城の、『何もないはずの城のはるか上空』をにらみ付けながら。
東雲の魔王は、次なる一手を打つ。
・・・その後に、エルフの国に行っていたサキュバスのさっきゅんの報告にまた悩むことになるのだが、それはもう少し後の話である。
そろそろ今年も終わってしまいますね。忘年会らしきなにかが明日に迫り、なにやら感慨深いそよ風と申します。
皆さんは今年一年どうだったでしょうか?
そよ風は新しい事しか、していない年でした。
本当に。
困惑することとか嫌なこともありましたけど、楽しくやれたかなーと思います。
この小説を書き始めたのも今年の夏ですしね。
結局楽しんだもの勝ちですね、この世の中は。
そんなことをだらだら考えるそよ風でした。
いや違いますよ?クリスマスのことを考えたくないからもう今年は終わりとか思ってるわけじゃないですよ?
では今回はこの辺りで。
ここまで読んでくださった方に感謝を。
悪魔たる彼女たちも、必死なのです。
・・・とある奴のせいで。




