第九話・「本当に、忘れようがない一日になったものだね」
「んぅ・・・あ?」
ゾンビが目覚めたところ、そこは小さな個室のベットの上だった。
ベットというものは知っていても、その上で寝たことがないゾンビは「へーこんなにふかふかしてるんだぁー・・・」とぼんやりと考えて、
ハッとした。
(な、なにをぼーっとしてるのよ私は!ていうかここどこなの・・・?確か・・・そうマギアとか言うのと契約したのよね。そのあとスラム街まで来て・・・薬の効果で眠っちゃったのかしら)
と言うことは、賞金稼ぎに捕まったのかもしれない。獲物に傷がつくのを嫌うクライアントというのはよくいるものだから、縛られていないのもわからなくもない。
「ほう、起きたかい」
扉を開け、紫色の長い髪をたなびかせる無表情な女性がのぞき込んでいた。
「ええ。それでこの状況を教えてもらえるかしら」
いつものように後ろ手で鋏を握り、違和感に気づく。武器すら没収せずに部屋に一人放置するなんて考えられない。相手が自分の予想の外を行くことほど恐ろしいことはない、とゾンビは思う。まだ裸でしばりつけられていた方が目的がわかりやすくていいと。
「ああ、いいぞ。君はこの宿で働くことになった。給料はこの部屋と3食の飯と風呂と多少の安全だ」
「売り物の私にそんなことする人は初めてだわ。なに?そんなやばいことさせようっていうのかしら?」
「・・・・・・話が通じない娘だな。要するに君のツレが助けてくれたのだよ」
「助けた?なんで?」
マギアとの契約は『ゾンビのすべてをマギアの所有物とすること』
私を助けるメリットなんてない。だから倒れた私をおいていったとばかり思っていたし、事実‘今までのやつらはそうだった’
この女主人の話を聞いてさらに驚く。自分と私を天秤にかけて私を助けてくれていたということに。
「何を思って自分ではなく、君を助けたかはわからないが、とりあえず救われたことを喜べばいいのではないか?」
「・・・・・・・・・・・はぁ。あの時の勇者といいマギアといい、どいつもこいつも何なのよ一体・・・!!」
すぐに立ち上がり外に向かう。後ろから「何処に行くんだ?」と声をかけられたが無視した。
外に出るとすでに夜の帳がおり始め、スラム街特有の露店が闇を照らし出していた。
(マギアが行きそうな場所・・・。わからないけど、あいつはこの国の事を知らない風だったし、そう遠くへ行けるとは思えないわね)
更に言うならあの歩く天災とでもいうべき驚異的な力が解け込めるとは思えない。
とりあえず高いところに行き、なにか大事が起きていないか調べるべきか、と考え走っていると、
「あ!おねーちゃん見っけ!」
と子供特有の高い声がした。そちらをちらっと見ると、狐の耳を生やした男の子がこちらに手招きしている。
・・・無視したが。
「ちょっ、おねーちゃんん?!!今気づいてたよね?!」
「うるさいわね、このスラム街じゃ子供だってそう簡単に信用できるわけないでしょうが」
他者から見るとゾンビの人間不信はひどく感じるかもしれないが、これは正しい反応である。どの国に行こうとアンダータウンは存在していてそういう場所でむやみに人を信じるのは激しく危険なことなのだ。その相手がたとえ子供でも。
「一之瀬恵おねーちゃんが探してるんだよ!」
「・・・あの自称勇者が?」
「自称じゃないっていってんでしょうが、もう・・・」
そこには走りつかれたように見える茶髪の少女、恵が息を切らしながら立っていた。
「なによ?折角王国の端っこの方まで飛ばしてあげたのにわざわざ戻ってきて。また私と鬼ごっこしたいのかしら?」
「ううん、ありがとうって言いに来たのよ」
「・・・別に感謝されるようなことしてないわ。ただ、そうちょっと邪魔だったから・・・」
「ふふっ」
恵は笑うと、ゾンビに抱き着く。
「は・・・っ?!そういう趣味なのかしら?」
「ゾンビちゃんが無事でよかった・・・!それで、あのマギアっていう魔王はどうしたの?」
「はぁ・・・話さないと離してくれなさそうね・・・」
此処までにあったことを恵に話すと、考え込むようにしてつぶやきはじめる。
「・・・黄昏の魔王っていうネームバリューに惑わされたけど、猛獣みたいにむやみに暴れるようなことをする人じゃないのかもね。だとしたらもう少し話せばよか、
ズッッドオオオオォォォォォォンンンンンンンンンンンンッッッッ!!!!!!!!!!!!!!
と、強烈な爆発音とともに目の前の二階建て建物が粉々に砕け散った。
「「は?」」
ひいいいいい!と叫びながら出てくる男たち。そしてその後ろから粉塵すら引き裂き、歩いてくる男は、間違いなく。
「ふぅ、これで最後かな?」
「何を、しているのか聞いていいかしらマギア?」
「うん?ああ、ゾンビか。コレ、人身売買組織。今逃げてったの、賞金稼ぎ。オーケー?」
「・・・・・・どういう紆余曲折を通ればそうなるのかしら?」
「いや、お前をあの宿の女主人に預けた後ゾンビに賞金を懸けたやつを見つけて死なない程度に叩き殺して寝てたんだが起きた後暇になって街を散策してたんだでもなんか妙に突っかかられるなと思って聞いてみたら今度はゾンビだけじゃなく俺も人身売買組織に狙われたらしくて立場を分からせてやるために今こうして空中回転かかと落としをお見舞いしてや
「長いわよ!ってかやりすぎだし!!」
ぺらぺらとしゃべるマギアにたまりかねた恵が突っ込んだ。ちなみにゾンビは質問しておきながら途中から聞いていなかったが。
そしてマギアは恵に目をむけ、面倒くさそうに話しかける。
「・・・?お前誰?」
「・・・・・・・・・・・え?」
「会ったことあったっけ?ああ、ゾンビの友達か?」
「いいえ。友達じゃないわよ。まあ敵でもないけど」
「なんだじゃあただの通行人Bか。行くぞ、ゾンビ。そういえば体は大丈夫なのか?」
「ええ大丈夫よ。ただの副作用だから。・・・でもなんで私を助けたの?私の所有者はマギアなんだからもっとゴミみたいに扱えばいいじゃない」
「そう扱ってほしいならそうするが?」
「・・・はぁ、変な人ね」
ぺらぺらとしゃべりながら歩いていく二人に通行人B(Aですらない)として扱われた恵は、しばらく呆然としていたが、やがて涙目になると、
「私も会話に入れてよーーーーー!!!」
と、突撃していくのだった。
さて、どうしたものかなと、マギアは考える。
義勇軍の発足と言うだけなら簡単だが、やはり足がかりがなければ机上の空論になってしまうのだから。
「・・・というか恵はずいぶん警戒心がないな。ゾンビとの契約で手を出さないことになっているから、わざわざおいていったのに」
「警戒心がないっていうか、半日くらい悩んだけど警戒しても勝てないなら警戒する必要ないことに気づいてね」
なにその超理論。なんか納得しそうになるのが逆にこええなと思いつつ、聞きたかったことの一つを聞いてみる。
「それと勇者とか呼ばれているらしいがそれはどういうことなんだ?」
「・・・うーん、その呼び方はほんとになれないんだけどね」
「じゃあいいや。ゾンビに聞くから」
「ちょっ、答えないとは言ってな
「勇者っていうのは王国の秘術とやらで異世界から呼び出された人のことらしいわよ。そしてその異世界からやってきた人たちは一様に不思議な服装と強力な武器を持っているとか。そんな怪物が恵も含めて3人いるのよ」
じゃああの宿屋の女主人もそうなのか・・・?と思ったが口には出さない。異世界の服装の事をなぜ知っているのか聞かれると嘘をつくしかなくなるからだ。その場しのぎの嘘はあとあとどう影響するかわからない。
「じゃあ、私もマギアさんに質問!異世界にいたって言ってたよね?そのことについて聞きたいんだけどどうやって行き来してるの?ゾンビちゃんも次元の門を開こうとしてたしそういう魔法があるの?」
・・・こんな感じに。
うわーめんどくせぇ、なんて答えようかな・・・と考えていると先にゾンビが答えた。
「ああ、あれブラフよ。次元の門なんて開けるわけないじゃない。ま、マギアくらいになると方法があるのかもしれないけど?」
「ブラフ・・・?」
「ええ。ブラフ。偽情報って言い換えましょうか?」
「言葉の意味は分かってるよ!」
そう話していたところで。
マギアは、驚くものを見た。
「反国王団体、エミューリアだ!演説を行う!!」
そう叫ぶやつらの中に。
「・・・・・・・・・るー、れ、か?」
先ほど就寝の挨拶をしたルーレの姿が確かに見えた。
「なにかしらねあれ?あんまり関わり合いにならない方がいいんじゃないかしら。・・・ってちょっとマギア!」
「エミューリアとか言ったな」
ゾンビの言葉に耳を貸す余裕がないマギアは、男の一人に声をかける。
「そうだ。あんた、いやあんたたちか、は何者だ?しかも連れの二人はフードまでかぶって」
え?と思ってうしろをむくとゾンビだけでなく恵まで顔を隠していた。
まあ、有名人だからな・・・と思い、言い訳を考える。
「仲間に入れてほしいんだが、後ろの二人は表向き反国王を示すわけに訳には行かないんだ」
「ふん、仲間にねぇ・・・?ま、リーダーにはあわせてやる。ついてきな」
後ろのほうで「ちょちょっ・・・!」とか「いきなりこういうハードなことになるとは思わなかったわ」とか聞こえてきていたが華麗に無視し、後ろについていく。
そして案内されるままに部屋に入ると、そこには何人かの幹部らしきものと奥に座るリ-ダーらしき男。そして・・・
「えっと、どちら様でしょうか?」
メイド服ではなく、ラフな服を着たルーレがそこにいた。
「・・・・・・俺たちも王国の終わりというのを見届けたくてね」
「戦力として加わりたい、と?」
「そういうことだ」
「はい、歓迎しましょう」
・・・・・・・・・は?
反国王団体のメンツに簡単に、入れるだと?訳が分からない。少なくとも何らかの試験であったり面接であったりがあるものじゃないのか?
「・・・不思議そうだな」
奥にいるリーダーが話しかけてくる。
「俺には名前がねえからリーダーとだけ呼んでくれればいい。あんたら3人の名前は?」
「俺はマギア、こっちの・・・青い髪のほうがゾンビでもう一方がメグ、だ」
ゾンビはともかく勇者がここにいたらまずいだろうと偽名を使っておいた。
「おう、マギアだな。うちの参謀はルーレっていうんだがこいつの作戦に従ってれば王国を倒せるって寸法だ。だからルーレがいいっていうなら歓迎するぜ」
「それはまた・・・とんでもなく信頼されているな。それじゃあルーレ、作戦を教えてくれたりもするのか?」
「はい。ここは熱気で暑いですからベランダで大丈夫ですか?」
「ああ構わないさ」
気づかれてはいないだろうが不思議な気分である。こうしてルーレの先導について行っているのが外見上は別の者であるからだろうか?それとも、今日過ごしたルーレとの時間が嘘だったのだろうと分かってしまったからだろうか?
ベランダに出て吹き抜ける微風を感じながら柵にもたれかかり問う。
「それで作戦っていうのは?」
「はい。現在王国内では勢力が二分されているのをご存知でしょうか?次期国王を巡っていまだに争っています・・・魔王軍が迫り来ているというのに・・・!でもこれを利用しない手はありません。この内紛が広がったところを見計らいます」
これか。とようやく分かった。あの時のルーレの‘眼’は悠長な貴族に対する敵愾心とそれを利用しないといけないという自分への怒り。そういうことだったんだろう。
「私たちはまず両方につくと見せかけ、工作をします。さも相手方からの攻撃だと思わせるような。そこで内紛が起こった段階で王族たちを拘束。政権を奪う。そのあたりが抽象的な流れになります」
「だからか」
「?」
「だから新入りに対しても言うんだな。それを広めたところで王国は互いの攻撃をやめないだろうし?」
「・・・はい。そういうことです」
ふぅ、と息をつく。というかこの通りに行ってしまったらもうどうしようもない。がマキナにはそれを止める権力もない。なるほど、見込んだ通り、ルーレはかなり切れるなとぼんやり考える。
そうしていると恵がルーレに話しかけていた。
「ねえ、ルーレちゃん。私も王国の貴族たちが嫌で王宮を飛び出してきたんだけど、それでも聞きたいな。ルーレちゃんはなんでここまでして?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・客観的に見て、今の王国は腐りきっています。それに、エルフと人間のハーフである私が所属している‘奴隷’という身分についてもひどい扱いです。今では商人から物を買うことすら制限されているほどに」
ハーフ・・・?!よく見るとルーレの髪に隠れた耳は確かにとがっているように見えた。
「奴隷としてつかわれ、死んだ私の両親のためにも、私はこの国を変えたいんです・・・っ!ふざけた王族から政権を奪ってでも!」
「・・・そう、なの」
恵は黙り込んでしまった。ルーレの境遇に思うところがあるのだろう。
実際に、マギアもこの国を統治しようとしていたことを悩み始めていた。
一之瀬恵や平幅遠野は所詮よそ者である。遠野に至っては今日来たばかりの。
そんなものたちがここまでの覚悟を示すルーレを邪魔していいのだろうか?
もし。
もしも、ルーレの言葉に続きがなかったら。
もしも、ルーレ自身特に理由もなく、マギアという人に不思議な親近感を覚えていなければ。
もしも、ルーレにマキナという人間に対するほんの少しの憧憬と今日の楽しいと感じた時間がなければ。
この世界は、別の方向へと進んでいたのかもしれない。
「・・・でも、なんでしょう。なんか今日はいろいろなことがありすぎて・・・。良く分からなくなってしまいました」
ルーレらしくない不自然な作り笑いは、マギアの心を動かすのに十分だった。
「当たり前じゃない」
いつの間にかフードを脱いだゾンビがルーレを見つめていた。
「自分に言い訳してる間はしんどいに決まってるでしょって言ってるのよ」
「・・・言い訳?」
「ええ。だってあんたも気づいてるんでしょ?王国貴族の中にもいい人から外道までそろってるってことくらい。自分のやってることがごく一部を見た偏見で恨みを加速させていることくらい。今日何があったのかは知らないけど、貴族の中でもそれなりにいい人を見つけちゃったとか、そんな感じでしょ?」
「・・・ご主人様は、特殊すぎてまだわかりませんよ」
「だからそれが言い訳だって言ってんの。初めに人が人を見るときなんて直感でいいのよ直感で。重要なのはこれから、そのいい人なご主人様とやらが道を外さないように、教えてあげることじゃないかしら?そうしたらあんたが道を外しそうになった時もそのご主人様が止めてくれるはずよ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
俺がルーレと一緒にいて楽しかった時、ルーレも楽しんでくれていたのだと知って。
マギアと呼ばれた魔王でもなく、マキナと呼ばれる王子でもない、
異世界からやってきた‘平幅遠野’は、間違いなく自らの意思で、ルーレを必ず連れ戻すと決意した。
「・・・ははっ、それにどうせやるなら目標は大きい方がいいな」
ルーレとゾンビの視線を感じながら。
マキナとマギアの関係を知らない二人にはまだわからないだろうが、
このまますべてがうまくいってもし、この目標がクリアできたとき、
きっと3人で今日この日のことを思い出せると信じて。
「この世界丸ごと、住みやすい世界に変えてやろうじゃないか」
序章とりあえず終わり!!こっからようやくマキナさんが本気出す、はず!
嬉しさに満ち溢れるそよ風と申します。
序章タイトル回収できてよかったよかった。実は結構ビビってました()
さて、ここまで読んでくださった方に感謝を。次回は幕間になります。
最後のほうで恵の視線がないのは仕様。恵さんの成長フェイズがもしかするといつか来るかも・・・?




