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渡らせの店  作者: 月凪
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雨女の傘

店の品は変わり続けるが、なにも変わらぬ店主の過去が気になる事がある。

どんな過去が在り、この店を始めたのだろうか。

聞いてみたが、私は商品では無いのでと、苦笑いを返された。

上手い返し方に、次の機会を待つしか無かった。

代わりにいつもとは違う事を聴いてみた。


「店主、おすすめの物はありますか」


そうですねと呟き、小さな子供用の傘を手に取った。

今日の天気にぴったりだと言う店主の顔は優しげだった。

店主おすすめの品の過去に、早く聞かせてくれと、飢えにも似た感情が湧いた。

店主は宥める様な顔をしたが、直ぐに消し傘の過去を語り始めた…………




仲の良い夫婦が居た。

互いに相手の事を想い、幸せだった。

だが、幸せ故の悩みも在った。

それは家族を増やせない事。

女は体が弱く、妊娠する可能性も低かった。

医者の話では恐らく出産に耐えられないだろうとの事だった。

男も仕方ないと諦め気味に言ったが、女は子供を望んだ。

不妊治療をし、子供を望み続ける女に、男は君を失いたく無いからと止めたが無駄だった。


男の願いは叶わず、女の望みが叶った。

紙の様に薄い確率を越え、子供を授かった。

命の宿る感覚が、女は震える程に嬉しかった。

男も嬉しかったが、医者の言葉が頭にちらつき手放しでは喜べなかった。


日々、大きくなる腹に手を当て、生まれてくる子供の事を語り合った。

自分達の悪い所は似て欲しくないねと。


女の子だから、癖っ毛は似て欲しくない。

方向音痴は、まあ赦せるね。

貴方の泣き虫な所は似ても良い、涙は女の武器だからね。

雨女な所は似て欲しくないな。


そこで女はため息を吐いた。

女は昔から何か予定を立てると雨に降られた。

二人で行った旅行では必ず雨も一緒だった。

逆に、男が一人で何かをする時は晴れの日が多かった。

晴れ男として自信の在った男は、天気予報の確率を無視するまでに雨に嫌われている女が、純粋に凄いと思っていた。

女は嫌われているのではなく、雨に好かれていると強がり笑った。



臨月が近付いて来た。

女が弱って行くのが解る。

医者の言葉が何度も頭に過る。

男には励ます事しか出来なかった。


そして、決断を迫られた。

医者が神妙な顔で、母か子、どちらを生かしたいか選べと言う。

両方は無理かと頭を下げても無駄だった。

代わりに決断の為に、一晩の猶予を貰った。

息も絶え絶えの女は、生みたいと言った。

女の最後の願いに、男は泣きながら頷く事で答えた。

男の泣き顔を見て、女は優しく諭した。


本当に泣き虫だね。

きっと、娘の誕生日と私の命日は同じになるけど、子供の前で泣いては駄目よ。

せっかくの誕生日なんだから。


男は、それは無理だと言った

女は何かを考え、笑った。


じゃあ、泣いてるか解らないように雨を降らせてあげる。

私の娘だもの、立派な雨女になるよ。

直ぐには無理だと思うけど、娘が物心が付く頃にはきっとね。


それが女と交わした最後の会話だった。



娘の初めての誕生日と女の命日。

親に娘を任せ、墓参りに向かった。

空は晴れ渡っていた。

墓の前で、晴れ男の勝ちだなと泣いた。

何年か晴れ男の勝ちが続いた。


女に注ぐはずだった愛情を全て娘に。

娘が歩けるまでに成長した。

よく喋るようになった。

自分の名前が書ける歳になった。

男にとって娘が全てであり、絶対の存在だった。



娘を初めて墓参りに連れて行く事にした。

例年のように空には雲一つ無かった。

何故か、娘の手には傘が握られていた。

その傘はどうしたと聞くと内緒と言い、笑いながら傘を開き言った。



雨降ってきたね。



男にとって、娘の言う事は絶対だった。

だから雨は降っている。

例え、雲が欠片も無くても。


傘の裏に何かが書いてあった。

それは平仮名でこう書かれていた。



たんじょうびにはあめふってきたねっていってね



二人の雨女に感謝し、男は泣いた。

男の涙は傘に遮られ、娘には見えなかった…………




「それが、この傘です」


何かが溢れてくるのが解った。

過去に失った物と一緒に。


「おや、雨が降ってきましたね。傘をお貸ししましょうか」


首を横に振り、濡れるのも悪くないと断った。

空には雲一つ無かったが、濡れる覚悟を決め店を出た。









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