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渡らせの店  作者: 月凪
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以心伝染の瓶

店に入ると、店主が品を並べている最中だった。

入って来た俺に気付くと、手にしていた小さなガラス瓶を持ったまま頭を下げた。

来店の挨拶と一緒に、作業中で気付くのが遅れたと、非礼を詫びられた。


なんとなく入って来たばかりの品が気になった。

それは、品自体に対する興味ではなく、この品の話を聞くのは自分が一番だという小さな優越感が湧いたからだった。


「店主、それはなんですか」


店主は手にしていた小さな瓶をそっと棚に置き、瓶の過去を語り始めた……



瓶の持ち主は十歳の男の子。

男の子は生まれた時から先天的な病を持ち、病院から出たことが無かった。

一度も外に出た事の無い、男の子にとって、病院が世界の全てだった。

治る見込みは零に近く、酷い苦しみと日々、戦っていた。

辛い毎日だったが、笑って居た。

笑って居たのには理由が在った。

それは、男の子と同じ病、同じ歳の子が四人居たから。

同じ病と云う事で、病棟も階も生まれた時から一緒だった。

皆、友達であり兄妹であり、家族だった。

他の子の親も皆、優しくまるで大家族が病院に住んでいる様だった。

家族に辛そうな顔を見せたくなく、一人の時以外はどんなに辛くても笑っていた。

皆も同じだと知っていたから。

昼の数時間を皆と過ごし、夜になり、両親が帰るまで笑顔を作り、一人になると苦しみと闘う。

それが男の子の人生の全てだった。


ある時、医者と看護師の立ち話を聞いてしまった。

男の子が居るのに気付いておらず神妙な顔で話していた。

それはもうすぐ来る誕生日の事だった。


今年も誕生日を迎えられそうで良かった、来年もきっとと嬉しそうに言う看護師。

来年まで居られると困ると言う医者。

しばらく支払いが滞っていると言う医者を、看護師は暗い顔で見つめ黙った。


男の子はその場を静かに去った。

話の内容から、自分が此処に居ては駄目な気がした。

楽しみにしていた誕生日がとても嫌な日に感じられ、初めて親に泣き付いた。



誕生日なんか要らない…………

いつ治るの…………

痛くて辛くて苦しいよ…………

お金が無いとここに居られないの…………

皆とお別れしたくないよ………



今まで抑えて来た感情の全てを涙と一緒に吐き出した。

初めて出した大きな声に身体が悲鳴を上げ、激しく咳き込んだ。

両親は涙を流しながら、辛そうな顔で黙ったままだった。



誕生日を迎えた。

皆が祝ってくれた。

誰かの誕生日でしか食べられないケーキやお菓子を食べた。

その夜、両親が誕生日プレゼントをくれた。

それはリボンが結んである小さな瓶で、中には綺麗な飴が三つ入っていた。


両親は優しく言った。

これは魔法の飴で、食べると苦しまなくてもよくなる。

二つ約束事がある。

誰にも言ってはいけない。

絶対に誰かに分けてはいけない。

破ると魔法が解けてしまう。どうしても辛くて堪らない時に食べなさい。


男の子は嬉しさと、寂しさが混ざった複雑な感情を覚えた。

もう苦しまなくていいという事は、此処から出て行かなければならない。

皆と別れる事になる。

どちらにしても、約束は絶対に守ると誓った。



病気が悪化した。

病室から滅多に出られなくなった。

辛くて堪らなかった。

酷く痩せた様に見える両親も辛そうだった。

自分も両親も限界だと思った。

小さな瓶を握り締め、此処を出る覚悟を決めた。


車椅子に乗り、皆の病室を訪ねた。

別れの挨拶をする為に。

訪ねると、自分と同じく車椅子に乗り、何処かに行こうとしていた。

何処に行くのかと聞くと、自分の所だと言い丁度良かったと笑った。

笑った顔は青ざめていて、酷く辛そうだった。

少しの間、話をして病室を出た。

話をしている間は心の中で謝り続けた。

自分だけ楽になってごめんなさい。

三つしか無いんだ。

魔法の飴を分けてあげられない僕を許してと。



他の子の所でも同じだった。

自分がとても卑怯に思えた。

どうしても、魔法の飴は両親に食べて欲しかった。

泣きながら病室に戻った。



瓶を握り締め、両親への手紙を書いた。

口では照れ臭くて言えなかった事。

これから三人でやりたい事。

最後に、もう辛いのは終わりだねと締めくくり、両親の分の飴を二つ手紙の上に置いた。


飴を口に放り込む。

甘く苦い味が広がった。

魔法が効いて来るまでの間、皆にも、なんとか飴を分けてあげられないかと考え続けた…………




その日、五人の子供と、その両親の十人が死んだ。


子供達は余程、苦しんだのか苦痛に歪んだ酷い顔だった。

それとは反対に、両親達の顔は眠っているかの様な安らかな死に顔だった。

そして、全員の口の中には同じ飴が入っていた…………




「その飴が入っていたのがこの瓶です」


疑問が二つ浮かび首を傾げた。

店主に聞いてみた。

二つ頷き、この品はまだ並べている途中でしたと言い、箱から全く同じ瓶をいくつか取り出し、棚に並べた。

数えなくても、いくつあるか直ぐに解った。


「以心伝心と云う言葉がありますが、この場合はどうだったんでしょうね。偶然にも同じ事を考えたのか、それとも誰かの思考が伝染り、侵食されたのか」


ため息を吐き、もう一つの疑問の答えを求めた。

どうして、子供達は苦しんで死んだのかと。


「約束を破ったからですよ。どんな約束をしたか思い出してみて下さい」


優しさが約束を破らせたと解り、融通の利かない魔法に苛立ち、少し乱暴に店を出た。




















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