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渡らせの店  作者: 月凪
16/18

現人神の壺

店に入ると店主は品出しの最中だった。

丁寧に布で包まれた木箱から中の物を取り出し、棚に並べた。

それは壺だった。

この店の雰囲気にぴったりだと思い早速と聴いてみる事にした。


「店主、この壺にはどんな過去があるのですか」


店主は丁寧に布を畳み、挟まっていた紙を苦笑いを浮かべながら仕舞い、語り始めた…………




二人の男女が居た。

男は神を信じておらず、女は神を信じていた。

男は、女の何かと神に祈る弱さが嫌いだった。

女は、男の神を信じない信心の無さが嫌いだった。

それさえ無ければと、男は頭を悩ませた。


一緒に暮らすようになって、男は女の信心に驚いた。

女は毎日、祈りを欠かさなかった。

何か在れば神に感謝の言葉を呟いた。

集会や勉強会だと出掛け、御布施という名目で金を捨てに行く女に舌打ちを堪えた。

空いた時間は神に祈るだけで、家事を全くしない女に、男は凄い信心だなと逆に感心した。



仕事が上手くいかず、苛立っていた時だった。

普段なら気にしない事に怒りが爆発した。

それは食事を始める時だった。

食事を用意した男にでは無く、神に感謝の言葉を呟く女に大声で怒鳴った。


神じゃなくて、俺に感謝しろよ。


この科白から始まり、今までの不満を吐き出した。

家事くらいしてくれ。

金を捨てに行くのは止めてくれと。


女は黙って聴いていた。

男が怒鳴り終わるのを待ち、眼を閉じ神に何かを呟いた。

それが男の怒りの限界を越えさせた。

テーブルをひっくり返し、椅子を蹴り飛ばした。

そのまま乱暴に家を飛び出した。


行く宛も無く歩いていると、湯だった頭が冷えてきた。

いくら怒っていたからと言って、物に当たるのは最低だと自己嫌悪が湧いた。

こんな時、親父ならどうするかと考え、暫く逢っていない両親の事を思い出した。

何もしない駄目な母親と、優しく何時も笑って全てをこなす父親の顔が頭に浮かんだ。

まるで今の自分の様だと苦笑いをした。


記憶を辿り答えを見つけた。

幼い頃、何もしない母親の代わりに、親父が運動会の弁当を作ってくれた。

楽しそうに弁当を作る親父に聴いた事が答えだった。


お母さんはどうして、お弁当を作ってくれないの。

僕の事が好きじゃないの。


親父は笑いながら言った。


父さんは母さんの事、好きだぞ。

お前を生んでくれたからな。

お前も母さんの事、好きだろ。

男なら好きな相手の事は全部、受け入れてやらないとな。


なんてなと、照れたように笑う親父が子供心に格好良く見えた。

そして、囁く様に母さんが作るより俺が作る方が美味しいだろと言い、二人で笑った。



懐かしい記憶に感謝し、親父の様に格好良い男になろうと決めた。

散らかした部屋を片付けてくれてないかなと、淡い希望を持ち帰途に足を向けた。


家に入ると、やはり片付けられてはいなかった。

自分でやった事だと、手早く片付け女に謝った。

女は神に何かを言っていたが、もう気にならなかった。


それから男は、女の為に精一杯の努力をした。

女が安心して御布施が出来るように金を稼いだ。

女の為にと料理も勉強した。

興味の湧かない神の話にも付き合った。

少しだけ親父に近付けた気がして誇らしかった。



そろそろ結婚でもと考えた時だった。

女が嬉しそうに何かを抱えて帰ってきた。

聴いてみると壺だと言い包みを開いた。

女は楽しそうに語った。


これは、神様に認められた人しか買えない凄い物なんだよ。

本当に良かった。


男は溜め息を吐き、値段を聴いた。

女は、お金なんかどうでもいいと答えた。

嫌な予感がして、慌てて通帳を開くと、一桁になった数字が書かれていた。

結婚資金や、有事の際の為の通帳も同じだった。


男は込み上げる怒りを抑え、金が足りて良かったと言った。

女は壺を撫でながら首を振った。

足りなかったから、借りたと言った。

私と貴方の名義でねと付け加えられ、心が折れそうになった。

そして、男の折れかかった心に、止めを刺す為の言葉を口にした。


これで幸せになれるね。


その言葉を聴いた瞬間に、怒りと眩暈で崩れ落ちた。

こんなに頑張ったのに、女は幸せでは無かったのかと、大声で笑い声を上げた。


気が済むまで笑い、男は幸せかと感情の全く感じられない声で聴いた。

女はこんな良い物が手に入って幸せだと答えた。

女の答えに、男は冷たく、じゃあ出ていけと言った。

女は意味が解らず、どうしてと聴いた。

それすら解らないのかと怒りを通り越して呆れた。

だから、解るように説明してやった。


もう疲れたよ。

壺さえ在れば幸せなんだろう。

一緒に居る意味が無いよな。

これで、お別れだ。


やっと状況が飲み込めたのか、女は嫌だと泣き喚いた。

貴方は幸せでは無いのかと何度も繰り返した。

男は皮肉を込め言った。


凄い幸せだよ。

馬鹿女と手を切れる切っ掛けをくれたんだからな。

本当に良い買い物をしたよ。


女は泣き続けるだけだった。

何度も出ていけと言ったが無駄だった。

もういいと言い、男は家を出た。


何も考えたく無かった。

久し振りに親父の顔でも見に行こうと電車に乗った。

実家に着き、親父の仏壇に線香をあげた。

母が久し振りだと言って笑った。

母と逢うのは親父の葬式の時が最後だった。

久し振りに逢う母は変わっていた。

親父が死んで、大切な事に気付いたと言った。

少し泊めてくれと言うと、此処はあんたの家でもあるんだからと、嬉しそうに笑った。


三日間の間、仕事も休み寝て過ごした。

今までの事を母に相談した。

母は黙って聴いてくれた。

親父のようには成れないと言うと、母は少し照れ臭そうに言った。


馬鹿女にはね、良い男が付く物なの。

じゃないと皆、孤独死だよ。

あんたの父さんは、とても良い男だったよ。


その後も親父の事を褒める母が別人に思えた。

この歳になって親の、のろけ話を聴かされて苦笑いを抑えるのが大変だった。

最後にと、母が真面目な顔で言った。


馬鹿女はね、無くさないと気が付かないの。

他に女は沢山いるけど、父さんみたいに成りたいなら頑張んな。


初めて聴く、母親らしい言葉に諦めが消えた。

明日の朝一番に行こうと考え、親父なら今直ぐに行くなと思った。

母に帰ると言うと、もう仕送りはいいからと、通帳を渡された。

中には男が毎月、振り込んだ金が手付かずで入っていた。

母は要らないと言おうとしても、あんたが電話に出ないから伝えられなかったと言った。

通帳は受け取らず、次は電話に出るよと言い家を出た。

背中に父さんみたいだよと最高の誉め言葉を貰った。



家に着くと鍵は掛かっていなかった。

部屋の中は滅茶苦茶だった。

女は部屋の隅に座り虚ろな顔をしていた。

眼が合った瞬間に女が抱き付いてきた。

女は大声を上げて泣いた。


ごめんなさい。

神様なんていなかった。


涙声で何度も繰り返した。

男もごめんなと謝り、髪を撫でた。

落ち着いた女から話を聴いた。

男が出て行った次の日に、教祖と幹部が詐欺で警察に捕まった。

そこで初めて自分は騙されていた事を理解した。

女は神では無く、男に支えられていた事に気が付いた。

頼る物を全て無くし、死のうと考えた時に男が帰ってきたと言った。


女は何でもするから、一緒に居させて下さいと床に頭を擦り付けた。

頭を上げさせ男は、ずっと一緒にいようなと言い抱き締めた。



時が経った。

家族が増える事になり、引っ越しをしていると、懐かしい物が押し入れの奥から顔を出した。

あの時の壺だった。

箱の中に入っていた説明書きの最後の一文に男は吹き出した。

説明書きには、有難い言葉と壺の体験談が書いてあり、最後に効果には個人差がありますと記されていた。


意地悪をしてやろうと女を呼んだ。

壺を見て、罰の悪そうな女に神様なんていなかったなと言った。

女は首を振り、一番の笑顔を作り答えた。


どうしようもない馬鹿女を助けてくれた、格好良い神様なら此処に居るよ。


この笑顔が見れるなら、神様も悪くないなと思い、照れ隠しに女の髪をくしゃくしゃにしてやった。





「こんな神様なら、一度は成ってみたい物ですね」


自分は何処まで格好をつけられるか考え、悔しいが無理だと思った。


「それにしても、効果には個人差がありますとは、便利な言葉ですね。私も使わせて貰いましょうかね」


それは止めてくれと手を振り店を出た。

















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