表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
渡らせの店  作者: 月凪
15/18

依存の点火器

今日は気になる品が幾つもあり、決められずにいた。

迷いを楽しみつつ、自分の中で理由を探し、今の気分に合う物にしようと決めた。

それは、喫煙者には欠かせない品だった。

棚に並べられた鉛色のライターを見ながら、一服したい衝動を抑えた。

話を聞いてからの方が旨いと自分に言い聞かせ、店主に聴いた。


「店主、このライターにはどんな過去があるのですか」


店主は一つ咳払いをし語り始めた…………



女は煙草に依存していた。

何かあると直ぐに煙草に火を点けた。

止めようと思っていたが、一人では無理だった。

過去のトラウマを思い出す時は更に本数が増えた。


近所で火事が起こった。

幼い頃に火事で家族を失った事を思い出す。

放火だった。

犯人は未だ捕まっていなかった。

トラウマが疼き、家を飛び出した。


黒い煙が立ち上る家の周りには人だかりが出来ていた。

人を押し退け最前列へ進んだ。

家を飲み込もうとする炎を消えるまで見つめ続けた。


帰ろうと振り返ると、自分と同じ様にしている男がいた。

男の眼は潤み、何かに取り憑かれているような不思議な目付きをしていた。

女の視線に気付いたのか、男は足早に去って行った。


男の眼が頭から離れなかった。

精神的な疲れからか、足が重く感じた。

重い足を引き摺りながら歩いていると、店のガラスに写る自分が酷く小さく見えた。

足を止め、顔を上げると自分の眼に驚いた。

ガラスから見つめ返してくる自分の眼は、あの男と同じだった。

言い知れない怖さを感じ、家まで走った。


家に着くと、震える手で煙草に火を点けた。

手が言う事を聞かず、手間取った。

鏡を見たくなかった。

鏡を伏せ、煙草を吸い続けた。


また火事が起こった。

自然と家を出る自分が怖かった。

現場に着くと、あの男がいた。

あの時と同じ眼で、炎と泣いている家族を見つめていた。

やがて、火が消え人が減っていき、帰ろうと背を向けた。


自分の眼を見たくなくて、俯き歩いていると、男に声を掛けられた。

男は少し話をしないかと言った。

女は気になる事もあり話をする事にした。


男は女と同じ境遇だった。

放火による火事で家族を失ったと言った。

女は自分と似た人に出逢えた事が嬉しくて、自分も同じだと答えた。


それから男とは連絡を取り合うようになった。

仲良くなり、付き合うまでに時間は掛からなかった。

同じ様に歪んだ二人は、受け入れてくれるのは、この人しか居ないと思えた。


女は嬉しかった。

初めて何かが充たされた様な感覚に戸惑いながら喜んだ。


男と一緒に居る時は煙草を吸いたくならない事に気が付いた。

きっと、自分は寂しかったんだと思った。

寂しさを誤魔化すために煙草に依存していたと解った。

一緒に過ごす時間が増える度に、二人共に火に対する興味が薄れて行った。

このままずっと続けばいいと願った。



ある時、男が興奮しながらやって来た。

どうしたのと聴く前に男は言った。


犯人を見つけた。

捕まえて、燃やしてやった。


口にした言葉も怖かったが、何より男の眼が怖かった。

男の眼は、あの時の眼をしていた。

震える女に男は続けた。


警察に通報してもいいよ。

もう色んな事がどうでも良くなった。


男の眼を見たくなくて、首を振り抱き付いた。

何かが壊れて行く気がして、元に戻してと願う事しか出来なかった。


それから男は変わった。

いや、元に戻ったが正しいのかも知れない。

一緒に居ても笑わなくなった。

時折、あの眼を向けてくる時があった。

女はまた煙草を吸うようになった。


もう無理かと考え始めた時だった。

女が寝ている時に火を点けられた。

叫びながら、腕と服を焼く火を叩き消した。

男は唇を歪ませ、女の様子を眺めていた。

女は男の眼が怖くて、顔を見られなかった。

男は悪かったと言い、火傷の治療をしてくれた。

どうしてと聴くと、男は浮かれた様に言った。


好きでも憎くてもいい、想い人が燃える姿が見たいんだ。

お前なら解る筈だ。


女は何も言えなかった。

男は犯人を燃やした時、どれだけ快感だったかを、愉しげに語り続けた。



日々、少しずつ焦がされて行く。

煙草の量が増えた。

女はある事に気が付いた。


煙草が吸いたかったのでは無く、煙草に火を点ける行為に依存していた事に。

男の言っていた事が頭に浮かんだ。

好きな人に火を点けるのは、どんな気持ちなのか気になった。


鏡に写る自分に唇を歪ませ、女は寝ている男を見ながら、ゆっくりと煙草に火を点けた。




「人は何かに依存しながら生きています。それが自分にとって良い物かどうか判断は難しいですね」


自分の依存先は何かと考え、今はこの店に通う事だと思った。

それを伝えようとすると、店主が先に口を開いた。


「お客様の依存先が良い物かどうか、良く考えてみて下さいね」


店主がどんな意味で言ったのか考えながら店を出た。













評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ