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渡らせの店  作者: 月凪
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同音異義の釘

小さな店の中には様々な物がある。

多くの物は、見ただけでは価値が解らない。

店主が語る過去を知り、価値が足され商品として完成される。

店主が居てこその店だと考えながら店内を見て回った。

何とはなしに足を止めた先には、光を鈍く返す釘が在った。

それは、どう見ても普通の釘だった。

この何処にでも在る釘の過去が気になり聴いてみる事に決めた。


「店主、この釘にはどんな過去があるのですか」



店主は一つ頷き語り始めた………




女は仕事を探していた。

せっかくの良い学歴も無駄にした。

高望みの結果だと痛い程に解っていた。

無職は嫌だと高望みは止め、妥協点と相談しながら職を探した。

見付けた仕事は家庭教師だった。

何かしらの理由で学校に通えない子の家に行き、勉強を教える。

給料も悪くは無く、学歴が役に立った。


教え子の資料を眺める。

十四歳の男の子で、精神的に問題があり、普通の学校には通えない事が解った。

軽度の自傷癖ありと枠で囲ってあった。

どんな問題があっても、自分の仕事をするだけだと資料を閉じた。


多少の不安と緊張を感じながら家に向かった。

出迎えてくれたのは母親だった。

酒の匂いを漂わせながら苛ついた態度が気になったが、丁寧に頭を下げた。

母親は簡単に女を雇った理由を口にした。


馬鹿に多少の学力を付けろ。

別れた夫との約束だ。

でなければ、養育費が貰えない。


母親はそれだけ言うと、子供の部屋を指差し、面倒臭そうに手を振った。

頭を下げ、子供の部屋に向かった。


ドアを軽く叩き、部屋に入ると、暗そうな男の子が下を向き座っていた。

自己紹介をしても反応は無かった。

無視されている感じはしなかった。

これが問題かと思った。

男の子は手で何かを弄んでいた。

話の取っ掛かりを得ようと、それは何かと尋ねると、男の子はゆっくりと顔を上げ口を開いた。


くぎ。


聞き取り難い声だった。

どうして釘を持ってるのと聴いても答えは無かった。

何を言っていいか解らず、自分の仕事をする事にした。

参考書や教科書を並べると、男の子はノートを開きペンを握った。

助かったと思い、時間まで仕事をこなし、初日は無難に乗り切った。


母親も男の子も苦手だったが、これは仕事だと言い聞かせながら続けた。


男の子は少しずつ口を開いてくれるようになった。

なんとなく自分は上手くやれていると感じた。

それで気が弛んでいたのかもしれない。


不意に髪を触られ、反射的に振り払った。

その瞬間にしまったと思った。

もっとやり方はあったのにと後悔が込み上げた。

男の子は釘で掌を刺しながら呟いた。


かみきれい。

かみきれいなのに。


何か不気味な物を感じ寒気がした。

いくら謝っても、その日はもう口を開かなかった。


それから男の子の態度が変わった。

勉強の効率が落ちた。

胸元に遠慮のない視線を感じる。

ペンでは無く、釘を握りながら呟く事が増えた。


せんせい……ひふきれい。

せんせい……ひふすき。


生理的な嫌悪感が込み上げた。

暫く我慢したが、酷くなる一方だった。

これでは勉強を教えるのは無理だと、母親に相談する事にした。

酔っている母親に、今の状況を言っても埒が開かず、口論になり、不満をぶちまけた。

母親は酒を片手に苛立ったように言った。


嫌なら辞めろ。

代わりはいくらでもいる。


何も言い返せ無かった。

帰ろうと振り返ると、男の子がドアの前に立っていた。

何時から聴いていたのだろうか。

男の子は下を向き唇を噛んでいた。

母親は、先生は辞めるらしいよ、良かったねと皮肉を込めながら笑った。

男の子の唇から血が垂れた。

動かない男の子に母親は、其処に居たら先生が帰れないから退けと冷たく言った。

男の子は何かを呟きながら部屋に戻って行った。

酒を傾ける母親に何も言えず家を後にした。


帰ってから気持ちが落ち着かず、友達や両親に相談した。

友達は軽く辞めればと言った。

両親はどんな仕事にも嫌な事はあると言った。

また仕事を探すのが嫌だったのと、このまま辞めるのは負けた気がして続ける事に決めた。

母親と男の子に謝らなくてはと思うと気が滅入った。

母親はまだいい。

男の子にはどう謝ろうか悩んだ。

母親との口論で酷い事を口にした。

男の子がいつから聴いていたのかが問題だった。

どうしようと悩み眠れなかった。


寝不足な顔を化粧で誤魔化し家を出た。

着くまで憂鬱な気分だった。

深呼吸をし、チャイムを押した。

何も反応が無く、もう一度押したが同じだった。

母親の酔っている顔が浮かんだ。

寝ているかなと思い、ドアに手を掛けた。

鍵は掛かっていなかった。

玄関に入り、声を掛けた。

男の子がゆっくりと出て来た。

お母さんはと聴いても返事は無かった。

母親に頭を下げる為、入ろうとすると、男の子が目の前に立ち塞がった。

退こうとしない男の子に、もう一度、お母さんはと聴くと思いもしない答えが返って来た。


けっこん……したい。

せんせい……なって。


男の子の気持ちは感じていたし、解っていたが、結婚してくれと言われるとは考えもしなかった。

その事もはっきりと言わなくてはと、男の子の横をすり抜け、母親の部屋に向かった。


母親の部屋のドアを叩いても反応は無かった。

男の子は同じ事を呟いている。

溜め息を吐き、ドアを開け息が止まった。

部屋の中は血で彩られていた。

壁は飛び散った血で赤黒く、床には血溜まりが出来ていた。

血溜まりの中心には、穴だらけの何かが横たわっていた。

吐き気が込み上げ咳き込んだ。

何故か頭が働き出した。

あの子はなんと言った。

確か結婚したいと言っていた。

あの時、母親はどうしたと尋ねた筈だ。


母親は……血痕……死体……


後ろに気配を感じた。

頭が更に先をと急かす。

次はなんと言った。

足りない言葉が足され答えが浮かぶ。


先生も……なって……


何になって欲しいか考えるのを無理矢理に止めた。

慌て逃げ出そうとする背中に何かが振り下ろされた。





「恐怖が判断を誤らせると言いますが、この方は正にそれですね。何も考えずに逃げれば良かったのに、恐怖に縛られ考えてしまい、逃げる時間を失いました」


目の前の、何処にでも在る釘が酷く禍々しく見えた。

店主が何かを思い付いたのか、愉しげに口を開いた。


「男の子は先生の事が好きだったのですよね。正に、先生に釘づ……」


最後まで聞かずに店を出た。







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