過信家の客
店の扉を開けると、珍しい事に先客が居た。
自分以外の客は初めて見た。顔を近付け、話をしている。店主とのやり取りを眺めていると、店主は少しお待ち下さいと頭を下げた。
何を買ったのか、興味深く眺めていると、客は眼を細め、何かを値踏みするような視線を送って来た。
居心地の悪い間が開き、店主は口を開いた。
「此方のお客様のお話を聞いて貰えますか。それを代金の代わりとしますので」
断る理由も無く頷いた。
店主は客に目配せし、語り始めた…………
女は美しかった。
自分の容姿に絶対の自信が有り、男に貢がせ生きて来た、生まれついての女王だった。
下らない女とは違い、金に興味は無かった。
欲しい物も食事も、全て男が用意してくれた。
金とは、自分で遣う物では無く、男に自分の為に遣わせる物だと思っていた。
機嫌を取ろうと、貢いで来る男達を見るのが、何より気持ち良かった。
男を横取りした事等、数え切れない。
涙と鼻水で顔を歪ませ、自分とこいつの、どちらが大事だと訴える女から、住処を奪ってやった事も有る。
泥棒猫と罵られた事も有るが、女王にとってそれは誉め言葉だった。
男に貢がせた高価な装飾品を見せ付け、泣きながら出ていく女を見るのは楽しかった。
ある時、一人の男と出逢った。
最初は何も思わなかった。
何処にでも居る普通の男だと。
その男は普通では無かった。
男は女の美しさに、まるで興味を示さなかった。
理解の出来ない事に、女は焦り、自尊心を守る為に、男の気を引こうとした。
男の為に、普段は絶対に出さない猫なで声で誘惑しても、無視された。
自慢の身体を晒しても、後でなと言われ構ってもくれなかった。
男の興味を引く為にと考える自分が悔しかった。
女王としての自信が揺らいでいるのが怖かった。
月に一度有る、女王だけが参加が許される集会に行くのも気が重かった。
いつもは楽しみだった。
女王達の中でも、自分が一番だと、他の女王も認めていたからだった。
貢がせた物を自慢し合い、最後は女を誉める場になる。
だが、今は女王としての自信が無かった。
自分では無く、他の知り合いの話だと誤魔化し、相談してみる事にした。
他に男は幾らでも居る。
その男は頭がおかしい。
皆が適当な事を言い、貴女には縁の無い話だと笑われた。
その通りだと思いたかった。
美しさが解らない愚か者だと。
女は迷い考えた。
そして、解らせてやると心に決めた。
男の家に押し掛け、一緒に暮らす事にした。
駄目だとは言わせ無かった。
対価に、自分の美しさを全て魅せてやった。
女王として、弱味は見せなかった。
男が用意する食事は不味く、配慮が足りなかった。
猫舌の女には辛かったが我慢した。
いつまでも変わらぬ男に女は苛立った。
どうして自分の虜にならないかと。
他の女がする様に、形としての何かが欲しいのかもしれないと考えた。
男の為に何かをするのは気に入らなかったが、褒美も必要だと、探す為に重い腰を上げた。
「そして、ある品を求め、この店に来られました」
いつか話を聞いた品が鈍く光り、あれはなんだったかと瞬きをした。
「そろそろ、お帰りになられるそうです。申し訳ないですが、扉を開けて貰えますか」
左手で扉を開け、客の堂々とした歩き方に見とれていると、首だけを此方に向け、にゃあと鳴き、店を後にした。
「さて、あのお客様はどうなるのでしょうかね。個人的には応援したいのですが」
結末を知りたいと考えながら店を出た。