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渡らせの店  作者: 月凪
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愛されたかった人形

とある店が在る。

俺は曰く付きな商品と、店主の言の葉に乗せた挿話に、まるで磁力に引き寄せられるように何度も訪れてしまう。


そして今日も……


この店は会員制だ。

会員になる条件は一つだけ。

いつか商品を買う事。

何時になるかは、客次第だそうだ。

特典は好きな時に商品を閲覧が出来る。


此処はそんな店……


何時も思う疑問が例外無く頭に浮かぶ。

この店には、名前が無い。

それに、場所も定かではない。

行きたいと思い、足の向くままに向かうと辿り着く。

絶望の淵に沈んでいた俺を、救ってくれた店。

今日はどんな品があるのだろうか。

来る度に品が入れ替わっていて、飽きる事はない。

期待を込めながら古風な作りのドアを開ける。


「いらっしゃいませ。今日もゆっくりしていって下さいな」


優しく店主が出迎えてくれる。

小さく落ち着いた雰囲気の店内。

骨董品店の様な不思議な懐かしさが感じられる。

並んでいる品は、この店には似合わないような物が多いが気にならない。


寧ろ…………



整然と並ぶ品物の一つから、視線の様な物を感じ、足が止まる。

そこには、古びていて襤褸を纏った人形が在った。

人形の寂し気な雰囲気が気になり、店主に聞いてみた。


「店主、この人形は何ですか」


店主が分厚い眼鏡を掛け直し、人形の過去を語り始めた。




人形の持ち主は七歳の女の子。

女の子は、母親から酷い虐待を受けていた。

原因は両親の不仲から。

始まりは、夫婦喧嘩からの些細な八つ当たり。

最初の頃は、軽く叩かれる程度だった。

それでも、かなりの恐怖を得るには充分だった。


怖いながらも我慢が出来ていた。

何故なら事が終わった後の母親は、とても優しかったから。

泣きながらごめんねと抱いてくれた。

もうしないからねと色の変わった所をさすってくれた。

最後は必ず、無表情に冷たく誰にも言っては駄目よと約束させられた。

その顔はとても怖くて、顔だけは見ないように母親に抱きついて誤魔化した。


もうしないという、次の日には裏切られる言葉を、女の子はその度に信じた。

だから誰にも何も言わなかった。

いつか元の優しい母親に戻ってくれるのを待ち続けた。


幾度となく裏切られる内に、女の子も約束を破る様になった。

誰にも言うなという約束を破り、人形に話をした。


殴られて痛かった。

怖い。

もう嫌だ。


それは母親に対する女の子の精一杯の抵抗だった。

夫婦仲が悪くなるに連れ、母親から加減と罪悪感が薄れていった。

事が終わっても、謝罪と懺悔が減り、代わりにはっきりと傷痕が残る程に苛烈になった。

女の子は、まだ両親が仲が良く一番幸せだった頃に買って貰った人形に語り掛ける。

幸せの象徴に。


お母さんは本当は優しい。

お母さんの方が辛いんだ。

私が少しだけ我慢すればいいんだ。


自分が母親にして欲しいと思う事を人形にした。

優しく髪を撫で、母親から貰う筈だった愛情を人形に託した。

一緒に風呂に入り、夜は優しく抱き、精一杯に愛情を注いだ。

そうやって壊れそうな自分を必死に誤魔化していた。

女の子の身体に痕が増えて行く。

限界が近づいて来る。

その時を待っていたのかも知れなかった。


両親が離婚した。

父親は何処かに行ってしまった。

代わりに母親から罪悪感が完全に消えた。

食事を殆ど作らなくなった。

殺意すら感じる様な暴力を振るわれる様になった。

どれも辛かったが、何より辛かったのは、暴力を振るわれた後に、優しくされなくなった事。


それだけを支えに耐えてきた女の子は混乱し、今まで抑えてきた感情を人形にぶつける様になった。

叩かれれば同じだけ人形を叩いた。

髪を引っ張られれば人形の髪を引っ張る。

針で刺されれば同じ場所を刺した。


ある時、人形に変化が在った。

引っ張り過ぎて、髪が伸びていた。

女の子は自分のした事に後悔し、忘れていた優しい気持ちを思い出した。

人形の髪を整え、ごめんねと謝った。

もうしないからねと、髪を撫でた。

だから、誰にも言わないでねと抱き締めた。

あの時の母親の顔が頭に浮かび、自分も同じだと怖かった。

今までの分を取り返す様に愛情を注いだ。

それは人形にとって、とても幸せな時間だった。


次の日、母親の暴力は酷かった。

酒の匂いを漂わせ、執拗に撲たれた。

昨日の事が頭に浮かんだが、感情がコントロール出来ず、人形にぶつけた。

悪いと思っても止められなかった。



そして、人形は勘違いをした。

女の子から優しくされた時の記憶。


あの時、確か髪が伸びて…………


そうだ、髪を伸ばせば優しくして貰える。

また愛してくれる。

その思いの一心で人形は髪を伸ばした。


人形の思いとは裏腹に、女の子が人形を見る事は無かった。

次の日に、母親に突飛ばされた時、当たり所が悪く、死んでいた。

女の子が死んだ事を知らない人形は、髪を伸ばし愛される事を、いつまでも待ち続けた…………




「それが、この人形です」


何かを求める様な視線を感じ、哀しげな気持ちが込み上げて来た。


「この人形は、まだ待っているのですよ。また愛される事を。髪を伸ばしながら」


何も言えず、左手で人形の髪をそっと撫で、店を出た。








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