第3話 予想外の事態
「大丈夫か?」
後ろから聞こえたその声で、私は我に返った。
フリーズして使い物にならなくなった頭がやっと動き始める。
――――そうだ、何者だって聞かれてたんだった。
素早く体を反転させ、彼の方を向く。
彼はいつのまにか立ち上がっていて、心配そうな表情で私を見下ろしていた。
「は、はい……大丈夫です。あの、私、水原葵といいます。
日本という国から来ました。」
日本から来た、ということも言ったのは、目の前にいる彼の服装が、
どう見ても日本人の着るようなものじゃない……ていうか、ラノベとかゲームに
出てくる騎士のようなファンタジックなものだったからだ。
まあ、似合ってるんだけどね。こういう時イケメンって得だよな。そういうものか。
「ミズハラアオイだって? ミズハラが姓で、アオイが名前なのか?」
「あ、はい。そうですよ。」
驚いたような顔で彼が聞いてくる。
やっぱり日本の人じゃなかったか。日本語通じるのにね。
英語なんて喋れないから、それでよかったけど。
「姓と名前の順番が逆……まさか」
彼は急にはっとしたような顔をすると、自身の服についたポケットを探りはじめた。
「あんた……この文字が読めるか?」
そう言って彼が差し出したのは、小さなメモ用紙だった。紙の真ん中に小さく『トマト』と書かれている。
……え? なんで?
質問の意図がわからない。『トマト』が読めるからなんだっていうの?
からかわれているのかと思ったけれど、彼はいたって真面目な顔で私を見ている。
「トマト、ですよね?」
真っ直ぐに向けられる視線に緊張したけれど、しっかりと答えた。
「…………やっぱり、そういうことか。」
――――やっぱり? そういうことかって、どういうことなの?
彼の納得したような表情を見て首を傾げていると、いきなり手首をつかまれた。
えっ? な、な、何? わ、私なんかしたっけ?
予想外の彼の行動に焦っていると、そんな私の気持ちを読み取った
かのように彼が口を開いた。
「いきなりで悪い。だけど、一刻を争う事態なんだ。」
私の手首を握る手に力が込められる。
彼の真剣な表情から、目が離せなかった。
「王宮に一緒に来てくれ。話は、そこでする。」
彼がそう言った次の瞬間、私と彼の体はまばゆい光に包まれ、その場から消えた。