第1話 始まりと出会いは突然に
始まりは、私が自宅のあるマンションの非常階段で盛大にすっ転んだことだった。
その日は土曜日で学校は休みだったけれど、私は朝早くから起きていた。
一ヶ月後の大会に向けて猛練習を重ねる我が高校の演劇部に休みの日などない。
正直言ってかなり辛いけれど、数々の大会で入賞し、全国にまでその名を轟かせるこの演劇部で曲がりなりにも副部長を務めている以上、練習をサボることはできない。
――――大会の後に卒業する3年生のためにも、頑張らないと。
朝食を食べてもまだ完全に起きていない自身の体にそう言い聞かせ、
眠い目をこすりながら足早に家を出て、エレベーターの下りボタンを押した。
…………あれ? エレベーター、動いてない。
ついさっき下りボタンを押したにも関わらず、エレベーターは全く動く様子がない。
何度押してもそれは同じだった。
……壊れたんだ。初めてだな、こんなこと。
本当ならエレベーターのメンテナンス会社に連絡するべきなんだろうけど、
連絡先もわからないし、時間に余裕がなかったので、放置することにした。
次にエレベーターを使う人に心の中で謝りながら、非常階段の方へと向かう。
ガラス張りの重たいドアを開け、目の前の階段を急ぎ足で下っていく。
――――今、何時だっけ。
ふいに時間が気になって、階段を下りながら持っていた通学バッグの中から
スマホを取り出そうとしたその時、何かにつまずいた。
あっ、と思った時には既に遅く、私の体は前のめりの姿で宙に浮いていた。
恐怖を覚える間もないまま、階段の踊り場の床が眼前に迫る。
思わずギュッと目をつぶったその時、硬い何かにぶつかった。
コンクリートの床ではなかった。それよりはやわらかい。それになんだか、
温かくていい香りがする――――
「ぐはっ!」
体に鈍い衝撃が走り、落下が止まった直後、すぐそばで苦しそうな声が聞こえた。
男の声だった。
誰か、いる……? おかしいな……非常階段のとこには、私しかいなかったのに。
そっと目を開けると、その声の主と思われる人物と目があった。
……………………!!!!
驚いた、なんて言葉じゃすまなかった。
いや、私の知っているどんな言葉でも、この時の衝撃を表すことはできないと思う。
その声の主は…………超絶イケメンだった。
赤みがかった茶髪の短い髪に、きりりとした切れ長の目。
美しく整った精悍な顔立ちに、深い青……ダークブルーとでもいうのか、
うっかりしていると吸い込まれてしまいそうな美しい瞳の持ち主。
とても三次元の人間だとは思えない。何かの漫画かからそのまま抜け出して来た、と言っても通用するレベルだ。
これだけでも十分に驚いたけれど、私が本当に驚いたのはそこではなかった。
私は、彼――超絶イケメンの彼の体の上に乗っていた。
彼にきつく抱きしめられた状態で。
「ひ、ひゃあああああああああああああああ!!!!」
この状況を前にすっかり混乱した私は、今までの人生の中でおそらく
一番大きいと思われる声で悲鳴を上げることしかできなかった。