第18話 掴み取った勝利
声を出し切る。一瞬の静寂。
その場にいる全員、突然の大声に怯んでいる様子だった。
喉がヒリヒリする。傷でもついたのか、血が出ているような感じがする。塞いでいたはずの耳も、痛くてしかたない。
でも、今は痛がっている場合じゃない。
作戦を実行しないと。今、この隙に。
目的の人物――王の方へと歩みを進める。そんな時、マリナが前に言っていた言葉を思い出した。
「簡易文字が全部と、丸字が少しだけ、かな。難解文字は全然。」
これが、この世界での言語研究の進み具合だということだった。
簡易文字っていうのは、カタカナのこと。丸字はひらがなで、難解文字は漢字のことらしい。
私達の生活でよく使われる漢字が、わかっていない。だからいつまでたってもクニムラさんの手帳が読めなかったんだろう。
――でも、
服のポケットに忍ばせていた、薬の瓶。マリナから貰った最終兵器だ。
――人間相手でも、大丈夫って言ってたよね。
蓋を開けた瓶を、うずくまっている王へ振り掛ける。
「ひっ……な、なんだこの粉は!」
王の声が響く。
やがてそれは、悲鳴へと変わった。
「ひっ……! な、なんだこれは! か、体が痺れる!」
王は地面に倒れ込み、全身の痺れに悶えている。
マリナの特製痺れ薬。効果は絶大だった。
「貴様……! 王様に何を!」
周りの兵士が、私に銃を向ける。また大声を出されるのが怖いのか、少し後ずさりしていた。
「や、やめろお前達……! 私は動けないんだぞ……当たったらどうする!」
王の悲痛な叫び声。兵士達は唇を噛み、銃を降ろした。臨戦態勢に入っていた天魔達も、王の制止を聞いてその場に留まっている。
思った通りの展開だった。
これで、兵士も天魔も私に手は出せない。
これなら、大丈夫。
倒れた王のすぐ傍に、魔導書は落ちていた。
拾い上げ、手に取る。色あせた表紙のそれは、どこか不思議な雰囲気を纏っている。
ふと、視界の端にゼノン達の姿を捉えた。
凄い顔をしている。それだけ驚きだったんだろうな。
ずっと助けられてばかりだった。
旅の道中も、ついさっきだってそうだ。
でも、今は違う。
――今度は、私がみんなを助ける番!
だから安心して。
そんな思いを込めて、笑いかけた。
みんなの反応を見ずに、すぐさま魔導書を開く。漢字、ひらがな、カタカナ……見慣れた、そして懐かしい文字の羅列。
「天より与えられし、強き生命よ。今、ここに集い……。」
その一つを、声に出して読んでいく。
何の魔法か、そんなのは見ていなかった。
それが『攻撃魔法』なら、なんだっていい。
剣よりもずっと強い、この力。これを使うことができるのは、日本語が読める私だけ。
だったら、
――この世界で一番強いのは、私だ!
「大地の恵みよ、私に力を貸せ!」
枯れかかった声で、そう叫ぶ。時間が止まったかのように、誰も動かなかった。
しかし次の瞬間、異変は起こった。
地面から突如、ツタのような植物が生えてきたのだ。
「う、うわあああああ!」
男の悲鳴。その方向を見ると、兵士の一人が、全身をツタに巻きつけられている。
「ひ、ひいいいい!」
「な、なんだこれ……うわあああ!」
私の近くにいた兵士も、ツタの餌食になる。
近くで見て初めてわかったけれど、それはツタではなく、イバラだった。
「い、痛い痛い! や、やめろっ!」
イバラは身動きの取れない兵士に、容赦なく攻撃を繰り出す。鋭いトゲは、兵士の顔や腕を刺し、大量の傷をつけた。
攻撃を受けている兵士の元に、天魔が集まってくる。どうやら、兵士を助けようとしているようだ。
しかし、それは叶わなかった。目の前の状況に錯乱状態に陥ったのか、残った兵士が持っている銃をイバラに向けて撃ち始めたのだ。
激しい銃声が鳴り響く。それはイバラに当たると同時に、天魔達にも当った。甲高い悲鳴。次々と天魔達が倒れていく。イバラは、無傷だった。
兵士の顔色が変わる。自分で自分達の首を絞めてしまったのだから、それも当然だが。
そうしているうちに、残った兵士にもイバラの魔の手が迫ってきた。最初、床からしか生えなかったイバラは、今となっては壁や天井などの、至る所から生えている。
抵抗していた兵士も、一人、また一人とやられていき、やがて全員がイバラの餌食となった。
「…………凄い。」
思わず心の声が漏れる。
攻撃魔法。それは、圧倒的で恐ろしい。けれど見る者を惹きつける、そんな力だった。
目の前の光景から目を離せずにいると、後ろに気配を感じた。
「!」
振り返ると、王が立っていた。
物凄い力で突き飛ばされる。私は仰向けの姿勢で床に倒れこんだ。
王は拳銃を構え、銃口を私に向ける。
「……薬の効果が薄れたことに、気づかなかったようだな。」
王がニヤリと笑う。まだ完全に痺れは取れていないようで、腕が震えている。
「お前だけでも、ここで殺してやる!」
引き金を引こうとした、その時。
何かが、王に向かって飛んできた。
ナイフだった。銀色に輝く、鋭利なもの。
間違いない。エミリーのナイフだ。
「ひっ!」
王は猛スピードで飛んできたそれを、間一髪でかわす。がしかし、それだけでは終わらない。今度は銃弾が王を襲う。キースさんによって放たれたそれは、正確に王の持つ拳銃を撃ち抜いた。
「な、そんな、バカな! この私が、こんなところで終わるなん……ぐはあっ!」
最後まで言い終わらなかった。王は頭をロイの大剣の柄に、腹部をゼノンのレイピアの鞘に突かれ、その場に倒れた。よほどのダメージだったのか、白目を剥き、泡を吹いて気絶している。
――やった!
大声で叫びたい気分だった。
安堵と、今まで感じたことのないほどの嬉しさが胸に広がる。
いてもたってもいられなくて、勢いよく立ち上がった。
――あ。
瞬間、めまいがした。
視界が歪む。体に力が入らなくなり、バランスが崩れる。
――まずい、倒れる!
床が眼前に迫りくる中、私の意識は飛んだ。




