第16話 ベルカーン王国の正体
「これでよし、っと。」
包帯を巻き終えたエミリーが息をつく。
「ありがとうございます……すみません。」
ベッドにいるパスカルだ。
全身が包帯とガーゼだらけになり、あたりに薬の匂いを漂わせている彼は、そばかすだらけの顔を少し赤らめ、小さな声で言った。
「いいのよ、気にしないで。……それにしても、どうしたのよ、その怪我。」
エミリーが聞くと、パスカルは途端に俯き、震えだした。顔から血の気が引いている。何か恐ろしい目にあったのは、明確だった。
「……そこについては、俺から話す。」
見かねたゼノンが口を開く。
「パスカルは……いや、パスカルだけじゃない。この国に集められた人間はみんな、研究所の地下に監禁されていた。」
「!」
「そこで長いこと、無理やり研究に従事させられてたそうだ。一日中兵士達に監視された状態でな。働きの悪い者には、暴力もあったようだ。」
ゼノンがちらりとパスカルに視線を向ける。
パスカルは俯いたまま、
「外にもほとんど出られず、ひたすら兵士の監視のもと研究をさせられました。家族に送る手紙もチェックされて……助けも呼べませんでした。」
パスカルが泣きそうな声で言う。よほど辛かったんだろうな。
「なんでそんなことになったのよ……なんなの、この国で何が起こってるのよ?」
エミリーが問いかける。すると、パスカルは意を決した様子で、
「この国は、天魔を作り、それを世界中にばらまいています。」
「えっ……ど、どういうことですか?」
「この世界で300年前、大きな戦争があったという話はご存知ですか?」
「はい。聞きました。」
「その戦争は、オルペトとアルティアという二つの国の間で起こったものなんです。そして天魔というのは、その戦争のためにオルペトが作った生物兵器なんです。この国は、オルペトと同じ場所にあります。きっかけまではわかりませんが、なんらかの形で天魔に関する情報を手に入れた事は確かです。そしてそれを、現在の技術で再現したことも。」
「で、でも……なんでそんなことを? あんなのがいたら、この国にとっても迷惑なんじゃ?」
私がそう言うと、パスカルは首を振って、
「それが、違うんです。この国は対天魔用の武器を大量生産し、他の国々に高額な値段で売りつけています。そのおかげで、天魔がいなかった頃より国は裕福になりました。天魔の存在は、迷惑というよりはむしろ素晴らしいものなんでしょうね。」
「そんな……! たくさんの人達が苦しめられてるっていうのに、そんなこと。」
「奴らは自国のこと……いや、自分たちの私腹を肥やすことしか考えてません。民衆のことなど、これっぽっちも気にしてないでしょうね。」
言葉が出なかった。
頭の中に、先程の王の顔が浮かぶ。
私達を迎え入れた笑顔の裏には、こんな思惑が隠されていたのだ。
「許せねぇ……!」
ロイの低い声。普段は人懐っこい笑みが浮かんでいるその顔には、怒りの色が浮かんでいる。
「全くだ。ふざけている。」
「そうよ! サイテー! ぶっとばしてやりたいわ!」
怒りを露わにするキースさん。
エミリーに至っては、懐からナイフを取り出している始末だ。
「エミリアン、ナイフを今出すのはやめろ。どうする気だ?」
「決まってるじゃない、城に乗り込むのよ! さっさとクニムラの手帳を見つけなかったら、きっとあたし達全員監禁されるか、殺されるわよ!」
「その可能性は高いと思います。向こうは皆さんをよく思ってませんから。」
「秘密に感づかれたら、あいつらも困るだろうからな。俺も、今のうちに城に乗り込んで手帳を持ってきたほうがいいと思う。」
「僕もゼノン王子に賛成です。あの王が手帳を皆さんに見せるとはとても思えませんし。」
そう言うと、パスカルはポケットの中から、バッヂのようなものを取り出し、ゼノンに差し出した。
「特殊な魔法がかかったものです。これを持っていれば、転移魔法で宝物庫に入ることができます。使って下さい。この国を止められるのは、皆さんしかいないんです。」
パスカルの目に、強い光が宿る。
その視線は、私達全員に向けられていた。
「……必ず、止めてみせます。」
私の発言に、四人が頷く。
その様子を見たパスカルは、少し安心した様子で私達を送り出した。
その後、何度か転移を繰り返し、私達は手帳が保管してあるという宝物庫の一室に辿り着いた。
「ねぇ、本当にここで合ってるの?」
エミリーが訝しげに周りを見回す。
それもそうだ。ここ、何にもないもんね。
「パスカルの話では、この部屋に保管してあるそうだが……その辺にスイッチでもないのか?」
キースさんが部屋の壁に目を向ける。
そういえば、エトワールの王宮でも隠し扉のスイッチは壁にあったよな……私も探してみよ。
壁に手をつけ、目を凝らして、注意深く見る。すると、小さな窪みを見つけた。指が1本、やっと入りそうなもの。どう見ても怪しい。
指をそっと入れてみる。カチリ、という音と共に壁に穴があいた。中には小さな木箱が入っている。
箱を開けると、
「あった……!」
出てきたのは、古びた手帳だった。
ところどころ紙の色が変色しているけれど、読めなくはない。
みんなもいるし、音読しよっと。
この世界へやって来た、私の同志へ――その一文から始まったそれには、まとめるとこんなことが書かれていた。
300年前の異世界にやってきた彼は、その荒廃ぶりに驚き、偶然手に入れた翻訳石をうまく利用してこの世界に関する様々な情報を集め、その結果、戦争の原因が一つの魔道書にあることを知った。その書物は、強力な攻撃魔法から回復魔法、復元魔法まで様々な種類の魔法が記されたもので、その存在は異世界でも一部の者しか知らなかったらしい。
しかし、知ってしまえば最後、その魔法は誰でも使えるものだった。
だからこそ、二つの国はこれを巡り、戦争を起こしたのだ――そう結論づけた彼は、この世界の平和のために、その書物を処分した。けれど、違う世界から来た自分がこの世界の文化をなくすのはどうかと思った彼は、それを日本語訳したものを用意し、隠した。
――この世界で二度と戦争が起きないために。この世界が平和でいられるように。この書物は、ティオール王国にある鍾乳洞に埋めておく。
最後には、そう書いてあった。
「なんですって……! あそこは、ベルカーンが管理してるのよ!」
エミリーが悲鳴に似た声をあげる。
まさか、まさか……
最悪の考えが頭をよぎった、その瞬間。
「!」
突然、まばゆい光が私達を包んだ。
反射的に目をつぶる。眩しい。変な物音が聞こえる。でも何かわからない。
と、そんな時、光が弱まり始めた。
すぐさま目を開ける。
目に入ったのは、黒く角ばった体に、紅黒い目、鋭い牙。
そこにいたのは、大量の天魔だった。




