第14話 考えたくなかったこと
それから少しして、サノワに着いた。
私達の姿を見た村人達は、みな一瞬動きを止め、こちらを凝視する。驚きの表情で、近くの人達とひそひそ話をする人もいた。声が大きいから、あんまりひそひそ話になってないけどね。
ひそひそ話の中には、ゼノンの名前がちらほらと出てきている。王子様だし、有名人なんだな。
しばらくすると、私達のところに村長と思われる老人がやってきた。
村長は私達、その中でもゼノンを見ると、驚いた表情になった。
ゼノンがベルカーンへの旅路の途中なので、一日だけ衣食住を提供して頂きたい、と言うと、村長はわかってくれたようで、私達を村にあるレストランへと案内してくれた。すぐ傍には宿屋もあるので、寝る時はそこで、とのことだ。
レストランでは、個室に案内された。これならご飯も楽しめそうだな。よかった。
私達が席につくと、店員さん達がメニューを持ってきてくれる。
メニューに書かれた文字は見たことのないものだったけれど、意味はわかる。翻訳石のおかげだな。
頼んでから数十分。見たことのない、様々な料理が次々と目の前へ運ばれてきた。
すごい……! おいしそうだな。
「ロイ……肉ばかり食うのはよくないぞ。」
ゼノンの呆れた声が聞こえる。声のした方には、大量の骨つき肉が盛り付けられた皿がある。どうやらロイの頼んだものらしい。
「ゼノン、肉はいいんだぞ! 力もつくし、何より筋肉の発達に繋がる!」
ロイがゼノンに向かって親指を立てる。そして、山のように盛られた肉の中から大きな塊を一つ取り出し、そのままかぶりついた。大量の肉汁が、皿へと滴り落ちる。
「全く、いつ見てもワイルドな食べ方ね。しっかし、本当肉ばっかり。よくそれで太んないわね。」
そう言うエミリーのところには、大量のサラダが運ばれている。ベジタリアンなのかな?
「太んないっていえば、あんたもだけどね。」
エミリーがちらりと横に視線を送る。
うず高く積み上げられたパンケーキ。上には大量の生クリームとイチゴジャム、下には何種類ものフルーツが散りばめられている。
キースさんの皿だ。
「よくそんなにたくさん食べれるわね……健康に悪すぎよ。少しは自重したらどう?」
「俺は頭を使うことが多いから、いいんだ。」
エミリーに正論を言われて、キースさんは少しムスっとした様子でパンケーキに手をつけた。
ナイフとフォークを使って綺麗に切り分け、口へと運ぶ。一見黙々と食べているように見えるけど、その表情はどこか嬉しそうで、なんだか可愛い。エミリーはため息ついてるけどね。
その頃、ロイは店員さんの持ってきてくれた牛乳をがぶ飲みしていた。「身長、伸びてくれぇ!」悲痛な叫びも聞こえる。
「そうよそうよ! 伸びなさいよー! ゼノンを追い越せ―!」
「身長だけじゃない。ロイ、筋肉もつけろ!」
エミリーとキースさんが野次をとばす。
それを真に受けたロイは、半泣きになりながら店員さんにさらなる牛乳の注文をしている。
その姿が面白くて、思わず笑ってしまう。気にしてたんだな。
口に手を当てて肩を震わせていると、呆れた目でロイ達を見ていたゼノンと目が合った。
ゼノンは私を見ると、口元を綻ばせて、少しだけ笑った。
楽しい食事の時間が終わった後、私達は村の宿屋へと向かい、そこで各自就寝した。
「声出せよ、声を! そんなんじゃ全国行けねぇぞ!」
聞き覚えのある声が耳元で聞こえた。
驚いて飛び起き、周りを見渡す。
何もない。そこには私が寝る前となんら変わりない、夜の静寂が広がっていた。
夢、か……なんだか、目が冴えちゃった。
外の空気でも吸ってこよう。そう思って、部屋を出て裏口から外へ行った。
夜風が肌を刺す。空には、いくつもの星が光っていた。
さっきのは……部活の顧問の声だったな。
いかつい外見で生徒達から恐れられている、我が演劇部の顧問。少し前までは、毎日指導を受けていた相手。
そういえば……部活、どうなったんだろ。
この世界に来てだいたい3日くらいか。こんなにサボったことないよ。今頃怒ってんだろうな。
って、それより、家族は? 友達は? みんな、私がいなくなって心配してるのかな?
一度考え出したら、止まらなかった。
元いた世界のことを考えていくうちに、さっきの夢の中身が、頭の中に鮮明に浮かびあがってくる。
朝起きて、学校で授業を受けて、友達とご飯食べて、放課後は部活に励んで。少し前までの、当たり前の日常。
夢の中までこんな普通の日々を過ごしたくない。前の私なら、そう思ったんだろうな。
なのに、なのに……
気づくと、目から涙が溢れ出ていた。
なんで、こんなに悲しいんだろう。
楽しい仲間達に囲まれて、美味しいもの食べて、色んな人達から崇められて。私の大好きな、非日常を存分に楽しんでるってのに。なんで……
涙が頬をつたい、下へと落ちていく。
ああ、やっぱりそうなんだ。
今までずっと考えないようにしてたけれど。私はやっぱり……元の世界に帰りたいんだ。
クニムラさんは、ここに来てから一度も元の世界に戻ったことはない。戻れなかったんだろう。それは、私も例外ではない。
もう二度と、あの生活には戻れない。
私にとっての日常は、非日常へとなってしまったのだ。
瞬間、今までの17年間の人生で見てきたものが、走馬灯のように浮かびあがってきた。
楽しかったこと、悲しかったこと、嬉しかったこと……次々と浮かび、消えていく。
そんな時、
「……アオイ?」
「!」
突然後ろから聞こえた声。振り返ると、そこにはゼノンがいた。
黒いガウンに身を包み、手にはマグカップを持っている。
やばっ……! 泣いてたのバレる!
ただでさえゼノンや皆にはお世話になっているっていうのに、これ以上心配かけたくない。
服の袖で顔を拭く。目元に残った涙も一緒に拭った。
にしても、なんでゼノンがここに……
「……剣術の稽古をしていたんだ。」
私の考えを読み取ったのか、ゼノンが言う。
「こんなところに、そんな恰好でいると風邪をひくぞ。」
「あ、うん、そうだね! 大丈夫。あと少ししかいないから!」
「……眠れないのか?」
「あ、う、うん。あはは、いやー今日は楽しくてさ。そのせいか中々眠れないんだよねー。」
明るい声と、笑顔。大丈夫、上手くできてる。
ゼノンはじっと私を見つめると、持っていたマグカップを差し出した。
「茶だ。眠気を促し、リラックスする効果があるものだ。」
「……! あ、ありがとう。」
「それと」
ゼノンが距離を詰めてくる。
えっ、と思った時にはもう、至近距離になっていた。
両手で頬を摘ままれる。でも痛くない。
「無理に笑うな。……俺に、気なんて使うな。」
言い聞かせるような、そんな声。ゼノンの綺麗な瞳には、悲しそうな色が浮かんでいる。
ぷつり、と音がした。私の中に張った、緊張の糸が切れる音だ。
顔から力が抜けていく。涙が溜まって、視界がぼやけていく。身体にも力が入らなくなって、その場に膝から崩れ落ちた。
「何、言ってるの? ゼノン、私は……。」
最後の強がりだ。
言いたかった言葉は、最後まで出てこなかった。
目から涙が溢れ出てくる。頬をつたったそれは、下へと落ちていき、地面に小さなシミを作った。
ふいに、手に何かが触れた。それがゼノンの手だと気づくのに、数秒かかった。
大きい手、それに温かい。その温かさは、夜風に当たって冷えた私の身体へと、じんわりと溶け込んでいく。
「俺は何も言ったりしない。溜め込むのは体に毒だ……好きなだけ泣け。」
ゼノンの言い聞かせるような声が、辺りに響く。
その夜、私はゼノンの隣で手を握られながら、静かに泣いた。




