第13話 隣国への出発と天魔との戦い
隣国ベルカーンへ出発したのは、その翌日のことだった。
王様がベルカーンの王に手紙を送ったところ、すぐに来てもらいたい、と言われたらしく、急遽旅の支度をすることになった。
ゼノンはまだしも、騎士団の三人は遠征から帰ってきたばかりなのにいいのかと思ったけれど、本人達は二つ返事で引き受けてくれたようだ。ありがとうございます、としか言いようがない。
武装した四人と共に出発する前には、色々な人から声をかけられた。メイドのリリーさんや執事さん達、見送りに来てくれた騎士団の人達からも。
そんな人達からの声援を受けながら王宮を出て、転移魔法で街道の出入り口へ行く。
着いた先にはマリナと王様が待っていた。
最後まで見送りたい、とのことだったようで、先に来ていたらしい。
マリナは私に近寄り、
「これ、持ってきな。」
差し出されたのは、小さな瓶だった。
中には、怪しい色の粉が入っている。
「あの四人がいるから、基本大丈夫だとは思うけど……万が一、危険な目にあったら、迷わずこれを使って。」
そう言うマリナの顔は、いつになく真剣だった。
ゼノンと同じ色をした目は、まっすぐに私を見ている。
「わかった。ありがとう、マリナ。」
大丈夫、必ずこの世界を救ってみせるから。
そんな思いを込めて、マリナに笑いかける。
そうすると、マリナも安心したのか、いつもの花のような笑顔を向けてくれた。
「アオイ、そろそろ行くぞ。」
「うん、わかった。」
ゼノンと一緒に、街道の入り口へと向かう。
途中で振り返ると、マリナが両手を高くあげて手を振っていた。
「頑張ってー!」マリナの明るい、大きな声が聞こえる。
頑張るよ、絶対。そんな思いをこめて、私も同じように片手を高くあげ、マリナが見えなくなるまで振り続けた。
「げっ……早速これかよ。」
目の前の状況に、ロイは露骨に嫌そうな顔をしている。
無理もない。私だって思わなかったよ。まさか街道に入って数分で、天魔に周りを取り囲まれるなんてね。これが本物の天魔か。黒くてゴツいオオカミって感じだな。
「遠征でここを通った時は、こんなに早く天魔と遭遇することはなかった。人数が少ないからと、なめられたものだな。」
キースさんは、メガネを押し上げながら、天魔達を睨みつけている。
「全く、あいっかわらず空気読まないご登場ね。せっかく化粧バッチリ決めてきたってのに、これじゃ意味ないじゃない。」
エミリーは不機嫌そうに顔を歪ませると、くるくると綺麗にカールした髪をいじり始めた。
凄いな、この三人。全く怖がってないよ。今にも襲いかかってきそうなのに。
天魔達は、私達を威嚇するかのように唸り、口から鋭い牙を覗かせている。
怖い、怖すぎる。よだれ出してるし、完全に私達のことエサ認定してるよ、これ。
体が震える。全身の毛が逆立つのを感じた。
「アオイ、大丈夫か?」
私の様子に気づいたのか、ロイが声をかけてくれた。
みんなの視線が、私に集中する。
大丈夫だよ、と言いたいのに声が出なくて、弱々しく笑うことしかできなかった。
そんな私を見た四人は、背を向け、私を取り囲むような形で周りに立った。
私達を取り囲んでいる天魔達と、一人一人が対峙する。
「俺の……俺達の後ろに隠れていろ。安心してくれ、すぐに終わらせる。」
「ああ。アオイのことは俺達が絶対守る!」
「全く、許せないわ! アオイを怖がらせるなんて。覚悟しときなさいよ?」
「そのとおりだ。しかし、お前がそんなことを言うようになるとは……ようやく騎士としての自覚ができたか。俺は嬉しいぞ。」
「その言い方、気持ち悪いわよ。」
「な、お前っ……!」
「ちょっと二人とも、この状況で喧嘩はしないで下さいよ。」
そんな会話が繰り広げられる。天魔に周りを囲まれている、って言うのに、緊張感は一切感じられない。
……でも、なんでだろう。安心する。この人達の守る、っていう言葉は、すごく信頼できた。
睨み合う、四人と天魔達。動き出したのは、天魔の方だった。
二十匹はいるだろう天魔が、一斉に襲い掛かってくる。
薙ぎ倒す。
最初に動いたのは、ロイだった。
背中に背負った大剣を抜き出す。自分めがけて突進してくる数匹の天魔を紙一重でかわすと、自身の胸のあたりまであるだろう大きさの剣を振るう。
力強く振るわれたそれは、一匹の天魔に直撃し、その周囲にいた何匹かをも巻き込んで数メートル先へと飛ばした。
貫く。
ナイフだった。銀色に光る、鋭利なもの。
少し離れたところから放たれたそれは、数匹の頭を、そして一匹の天魔の目を貫いた。
激しい悲鳴。視界を奪われた天魔は、その場に倒れこみ、必死に手足をばたつかせて刺さっているナイフを抜こうとしている。
エミリーはそんな天魔の傍へと近寄ると、もう片方の手に持っていた剣で頭を貫いた。
ばたつかせていた手足が、だんだん動かなくなっていく。やがてそれらはだらりと垂れさがり、頭を刺された天魔達と同じように、完全に停止した。
迎え撃つ。
キースさんが構えていたのは、黒く光る拳銃だった。
乾いた銃声が鳴り響く。
三度聞こえたそれは、寸分の狂いもなく天魔三匹の頭を撃ちぬいている。
撃たれた天魔達は即死したようで、頭からどろりとした緑色の血を出したまま倒れた。
切り裂く。
長剣――レイピア、っていうんだったかな。漫画で見たことある。
ゼノンはそれを両手に構え、交差させている。目は閉じていた。
生き残った天魔達が、ゼノンに狙いを定める。
四方八方からやってきたそれらは、我先に、といった風にゼノンに向かって飛びかかった。
その瞬間だった。
ゼノンの目が見開かれ、交差させていた剣が円を描くように振るわれる。
空気を切り裂くような、そんな音が辺りに響く。
一瞬の間を置いた後、天魔達は空中で花を咲かすかのように血を噴き出し、地へと体を沈ませた。
ほんの、短い時間のことだった。
天魔達はみな地に沈み、体のいたるところから緑色の血を噴き出し、臓物と思われる血と同じ色の物体を周囲にまき散らしている。
「あの四人が戦うとこ。きっとびっくりするよ。」
マリナの声が、頭の中に響いた。
びっくり、なんて言葉じゃ表せない。冷酷で、恐ろしい。そこまでするの、とも思った。
けれど、同時に……美しい、とも思った。四人の攻撃で、天魔の緑色の血や臓物が噴き出る様子は、グロテスクだとか、そういうのを超えて、どこか一つの芸術作品のように感じられた。
「アオイ、大丈夫か?」
しばらくぼーっとしていたのか、ゼノンに声をかけられた。
心配そうに顔を覗き込んでくるゼノンは、さっきまであんな戦いをしていた人だとは思えないほど、穏やかな様子だった。
周りを見ると、みんな既に武器をしまい、少し先のところにいる。
「あ、ごめん。大丈夫。今いくね。」
――これから先、何度もこういうものを見ることになるのかな。
それが怖いような、楽しみなような。
そんな気持ちを抱えながら、私はゼノンと一緒にみんなのいる方へと向かった。
長いなあ……まだ着かないのかな。
さっきの天魔達との戦いからだいぶ時間がたったし、他にも何度か戦闘だってしたのに。一向に街道出入り口に着く様子がない。
もう結構歩いたのにな。疲れてきたよ。こんなに距離あるものなのかな? 隣の国なのに。
隣を歩いているロイに尋ねると、
「そうそう。街道の出入り口って、だいたい国の端っこにあるからさ。長いんだよなー。」
うんざり、といった感じでロイは言う。
でもその足取りは、私に比べてずいぶん軽やかだった。
慣れてんだろうね、さすがだな。……弱音吐いちゃだめ。私も頑張らないと。棒になる寸前の足にそう言い聞かせながら、一歩一歩前へと進んでいく。
そんな時、一番先頭を歩いていたゼノンが止まった。どうしたのかと思って前を見ると、道が分かれている。左の道に取り付けてある看板には、『サノワ』と書かれていた。
「エトワールとベルカーンの境目にある村だ。ここまで来たんなら、ベルカーンまではあと少しで着くな。」
やった、あともう少しなんだ。
ゼノンの言葉を聞いて、ちょっとホッとした。
でも、あと少しとはいえ……歩けるかな、私。なるべくなら、休みたいんだけど。
「暗くなってきたし、今日はここで休もうぜ。アオイも疲れた顔してるし。」
「そうだな、その方がよさそうだ。」
ゼノンが私の顔を見て言う。
そんなに顔に出てるかな、ちょっと恥ずかし。
でもよかった。ありがとう、ロイ。
「疲れは美の天敵よ! あたしも休みたいわ。さっさと行きましょ!」
「アオイ様はいいにしても、騎士のお前がこの程度で弱音を吐くというのはどうな……うっ!」
余計なこと言うな、と言わんばかりに睨みつけながら、エミリーがキースさんの足をおもいっきり踏んづけた。キースさんは呻き声を上げてその場にうずくまる。
「さ、行きましょ! アオイ、疲れてると思うけど、もう少し頑張れるかしら? 本当、ごめんなさいね。」
「あ……う、うん。大丈夫、頑張るよ。」
キ、キースさん、大丈夫かな? すっごい痛そうだったけど。
「エミリアンお前、俺はこれでもお前の上司なんだぞ……。」
起き上がったキースさんの、恨みがましげな声が辺りに響く。けれど、当の本人は気にしていない様子だ。ゼノンやロイと一緒に、さっさとサノワの方へと行っている。
ご愁傷様です、キースさん。
私は心の中でそう言うことしかできなかった。




