第11話 言語の謎が解けたとき
ゴン、という鈍い音と共に、私は目覚めた。
頭のてっぺんがズキズキと痛みだす。
どうやら、ナイトテーブルの上の照明に頭をぶつけたらしい。
自覚はあったけど、ほんと寝相悪いよな……私。
起き上がって、周りを見渡す。
窓からは、朝日が差し込んでいた。
朝か……
異世界に来て、もう一日たったんだ。
あの後、ゼノンに元いた部屋に魔法で送り返してもらい、私はすぐに寝る準備をした。
マリナから私の様子を聞いたのか、心配して来てくれたメイドさんがいたので、着替えや歯ブラシなどを用意してもらった。
パーティを途中で退場したことと、心配をかけたことに対して謝ると、メイドさんは、構わない、ゆっくり休んで欲しい、と言ってくれた。
優しいメイドさんだったな。可愛かったし。この世界は親切な人が多いな……
そんなことを考えていると、部屋のドアがノックされた。同時に、誰かの声も聞こえた。
「あ、どうぞ!」
あの声は、たぶん昨日のメイドさんだな。起こしに来てくれたのかな? にしても、今なんて言ったんだろ?なんか、よく聞き取れなかったんだけど。
ドアが開いた。
あ、やっぱり昨日のメイドさんだ。
メイドさんは、私を怪訝そうに見つめている。どうしたんだろ?
「おはようございます。どうしたんですか?」
そう言うと、メイドさんは驚いたのか、私から一歩後さずった。
目は見開かれ、顔には困惑の色が浮かんでいる。
えっ、いや、何これ? 私、何かしたっけ?
メイドさんの行動の意味がわからず、戸惑っていると、誰かが部屋に入ってきた。
ゼノンだった。
ゼノンは私とメイドさんの顔を交互に見た後、メイドさんに話しかけた。
え……何を言ってるの? 二人は何語を喋ってるの?
聞こえてきた言葉は、とても日本語とは思えなかった。
ひょっとして、この世界の元々の言語?
ってことは、今、私、この世界の誰とも言葉が通じないの?
嘘、嘘でしょ? 昨日はなんともなかったのに、そんな今日になって、言葉が通じなくなるなんて。これからどうしたらいいの? このままずっと言葉が通じなかったら、私、どうしたら……
考えることが多すぎて頭がくらくらする。思わずよろけて、ベッドに背中から倒れこんだ。
……ん? 何これ?
手に何か、冷たくて、固いものが当たっている。
何だろ、これ?
「アオイ、アオイ! 聞こえるか? 俺の言葉がわかるか?」
「アオイ様……!」
えっ! あれ、元に戻った?
聞こえてくる日本語にびっくりして、ベッドから勢いよくはね起きた。ゼノンとメイドさんが目を丸くして、何か言っている。
あれ? またわからなくなった。何? 私、今何かしたっけ? ……ひょっとして。
自分の手元に目を向ける。
そこにあったのは、綺麗なネックレスだった。
細い金色の鎖に、五百円玉くらいの大きさのキラキラ光る石がついている。
さっき手に当たった、冷たいものの正体はこれだな。
「アオイ、どうした? そのネックレスがどうかしたのか?」
ゼノンの声が聞こえる。今度は日本語だ。
やっぱり、これが……これのおかげで、私はこの世界の人と会話できてたんだ。
今の今まで、存在すら知らなかったのに。
とにかく、この石についての情報が欲しい。
マリナに聞いてみよう。マリナなら、何か知ってると思うし。
そう決めると、私はゼノンとメイドさんにことわった後、すぐに部屋を出て、マリナの実験室へと走った。
「これは、『翻訳石』って言ってね。身に着けているだけで他国の言語を理解できる、っていう便利なものだよ。400年くらい前に、特殊な魔法技術で作られたものだね。今でこそ、この世界の言語は一つで統一されているけど、戦争が起こった300年前までは、違う言語を使っていた国もあったからね。」
手元にある歴史書をぱらぱらめくりながら、マリナは言う。
翻訳石か……某漫画を思い出すな。あっちは食品だけど。
「たぶんそれ、クニムラが使っていた翻訳石だと思うよ。ここに載ってる写真に同じようなのあるしね。」
マリナの指さす写真を見ると、そこにはクニムラさんの石像が映っていた。
確かに、胸にこれとよく似たネックレスをしている。
「翻訳石はね、聞こえるすべての言葉や文字を、最初に触れた人――この石でいうと、クニムラのことだね。その人の使っている言語に翻訳してくれるんだよ。アオイもクニムラと同じ言語を使う人間だから、反応したんじゃない?」
なるほど。そういうことだったんだ。
これで謎が解けたな。
この世界の人はみんな日本語喋ってるのに、なんで私が救世主扱いされるのかわかんなかったしね。
あ、そうだ。ゼノンとあのメイドさんにも、このこと伝えないと。
私はマリナにお礼を言うと、実験室を出て、二人のところに向かった。
ゼノンがいたのは、実験室を出てすぐのところだった。
私を見ると、こちらへ駆け寄ってきた。
「何かわかったか?」
「あ、うん。」
さっきマリナに言われたことを話すと、ゼノンはホッとしたように表情を和らげた。
「そうか……翻訳石か。そういうことだったんだな。」
「うん。だから大丈夫。このネックレスさえ身に付けてれば、もう言葉が通じなくなるようなことはないよ。」
マリナの話によれば、この石の効力は、私が持っている限り続くみたいだしね。
綺麗だし、首にかけておこうかな。
「そうか。リリー……あのメイドが、ずいぶん心配していたな。」
聞けば、あのメイドさん――リリーさんは、昨日私が寝た後、私の着ていた制服を洗濯するために部屋から持ち出したらしい。その時、スカートのポケットの中にこのネックレスを見つけて、ベッド脇のナイトテーブルの上においた、とのことだった。そして寝相の悪い私によって、ネックレスがベッドの中に入った、と。
「そうなんだ、悪いことしたね……」
だからあんなところにネックレスがあったんだ。
どんだけ移動させたの、私。
にしても、壊れなくてよかった。なくすこともなかったしね。
今度はそんなことないようにしないと。大切なものだからね。
首につけておこうっと。
……あれ。なかなかつかない。
ネックレスをうまくつけられずに悪戦苦闘していると、隣にいるゼノンに声を掛けられた。
「俺がつけてやる。」
ゼノンはぶっきらぼうな口調でそう言う。
私の手からネックレスを奪い、背後にまわる。
うなじに、ゼノンの手が当たった。
うわあ、なにこれ……なんか、すごいどきどきする。……いやいやいや、このくらいでそんな反応してちゃだめだって。いくら彼氏いない歴イコール年齢だからってさ。
ああ、このうるさい心臓が憎い。
そんなことを思っていると、「ついた。」というゼノンの声が、耳に入った。
ゼノンの手が、私のうなじから離れる。
鎖骨のあたりに目を向けると、そこにはしっかりとあの翻訳石が光っていた。
「ありがとう。」
「ああ。」
よかった。声、震えてない。
しっかし、ゼノンはすごいな……こんな少女マンガチックなことを平気で出来るなんて。
相当慣れてるな。絶対。
「あ、そうそう、リリーさんにも、このこと伝えておかないと。どこにいるかわかる?」
「今はやめておいたほうがいい。今日はこの国の騎士団の奴らが帰ってくる日だ。かなり忙しいだろうからな。」
「騎士団?」
おお、騎士団か。ファンタジーの定番、イケメンの巣窟。そんなのもあるとはね……さすが異世界。
「ああ。アオイが来たときは、ちょうど他国に遠征に行ってたからな。天魔との戦いの、最前線にいる奴らだ。」
強いぞ、と、ちょっと誇らしげにゼノンは言う。
こういうところ、王子様って感じするな。
「奴らにも、挨拶してもらうことになるだろうから、準備しておいてくれ。」
「うん。わかった。」
そりゃあ、当然そうなるよね。
何しろ、私はこの世界で救世主扱いされてるんだし。
緊張するけど、頑張らないと。
準備、か。
まずは着替えて、髪の毛整えないとな。
私はゼノンと別れ、自分の部屋へ戻った。




