第10話 誓いと決意
今回から時間軸がプロローグに戻ります。
――――で、今に至る。
脳内に映し出されていた映像が途切れる。
その代わりに、さっきのパーティで言われた言葉が頭をよぎった。
「隣国への道には天魔が多く出没すると聞いています。アオイ様、どうかお気をつけて。」
……あれは、パーティが終盤に差し掛かった頃だったかな。
王宮内で行われたパーティは、マリナと彼の他にも、王様や王宮内にいた使用人たちが参加した、とても豪華なものだった。
最初の方こそ戸惑ったけれど、終盤ともなれば、さすがにパーティにも慣れてくる。
おいしい料理を食べたり、元の世界では見たことのない踊りを見たり。とにかく、楽しんでいた。
そんな中、私にそう声をかけてきたのは、一人の執事さんだった。
………………え? 隣国の『道中』?
いやいや、待ってよ。おかしいよ、それ。この世界には転移魔法があるんだよね? 隣国なんて、魔法で一瞬で行けるでしょ。え、いや、ちょっと待ってよ。まさか……
恐る恐る傍にいたマリナにそのことを聞く。
返ってきた答えは、信じられないものだった。
「この国もそうだけれど、この世界に存在する国々は、天魔が入ってこれないように、特殊でなおかつ、かなり強力な防御魔法を国の領土全体にかけているんだよね。転移魔法は、その防御魔法のかかった範囲にいる時のみ使えるんだ。しかも、転移魔法は一度に数百メートルほどしか移動できない。ここから隣の国に続く街道までしか転移魔法では行けないよ。だから、アオイが隣の国に行くときは、その街道を使うことになるね。」
街道は天魔もよく出てくる危険なところなんだけどね、とマリナが続けて言う。
で、私はというと、予想だにしなかった驚愕の事実を告げられ、呆然としていた。
嫌な汗がぶわっと噴き出す。寒気すらし始めた。
「と、なると、アオイを一人で行かせるわけにはいかないから、誰か強い人を一緒に……って、アオイ、大丈夫? 顔色よくないよ?」
「……ああ、うん。ちょ、ちょっと疲れちゃったかも。ど、どどっかで休ませてもらってもいい?」
「うん。声も震えてるし……休んだ方がよさそうだね。お客さん用の部屋があるから、そこにいたらいいよ。」
――――というわけで、私は今、マリナに案内された部屋のベッドの上で寝転んでいる。
広くて、家具が豪華なその部屋は、庶民の私には不釣り合いだし、落ち着かない。
ふかふかな、このベッドだってそうだ。我が家の古い、ギシギシきしむベッドが懐かしい。
……ああ、帰りたい。元の世界へ戻りたい。いくら私が『非現実』が大好きでも、モンスターが大量に出てくるような道を通って、隣の国までとはいえ旅をするなんてごめんだ。そういうのはRPGの世界だけで十分なんだ。RPGならセーブしとけば死んでもOKだけど、現実じゃ死んだら終わりなんだから……
ごろんと寝返りを打つと、ベッドがきしんだ。
でも、我が家のベッドのような、不快な音じゃない。
いいことのはずなのに、それが悲しかった。
どうしよう。どうすればいいんだろう。
マリナは私が、この異世界を救うって信じてる。他の人達だってそうだ。
でも、私にそんなことはできないよ……
私がクニムラさんの手帳を読む、と言った時の、マリナの笑顔が頭に浮かぶ。
すごく綺麗な、見とれるような笑顔だった。
……そういえば、パーティで初めて知ったけど、マリナってこの国のお姫様なんだっけ。
どうりであの華やかさのわけだな。すっごい美人だし。……ん? ってことは、あの彼は王子様か。どっちかっていうと騎士っぽいけどな……いやでも超絶イケメンだし、王子様でも全然いいけどね。
そんなことを考えていたその時、部屋のドアがノックされた。
――――えっ? だ、誰? こんな遅くに。
「……起きてるか? 俺だ。よければ開けてくないか。」
――――え、えええええ? 嘘、この声って、まさか……
急いでドアを開けると、そこには思った通り、彼が立っていた。
「起きていたんだな……よかった。」
「え、えっと、あの、どうして……!」
――――どうしたんですか? 何かご用ですか?
そう言いたいのに、驚きで口が回らない。
「……あんたに、話したいことがある。ちょっと来てくれないか?」
「えっ……あ、は、はい!」
話したいことって、何……?
疑問に思いながらもそう答えると、彼は前と同じように私の手首をつかみ、そのまま転移魔法でどこかに移動した。
「……! わあ、綺麗……」
移動先は城のテラスだった。
目の前には、元の世界ではまずお目にかかれないほどの、綺麗な星空が広がっている。
まさか異世界で、こんな美しい光景が見られるなんて……
「……気に入ってくれたなら、よかった。この国の自慢なんだ。……下も見てみないか? 城下町の夜景も見れる。」
言われたとおりにテラスの手すりに両手をかけ、下を見る。
元いた世界で見るようなきらびやかなものではないけれど、心が温かくなるような、って言ったらいいんだろうか。そんな町の夜景が広がっていた。
すごい、なんか幻想的だな……
「……疑問は、晴らせたか?」
「……! は、はい! 大丈夫です。マリナ……いや、マリナさんに色々説明してもらったので。」
彼が唐突に話しかけてくる。
そうだった、そうだった。彼と話してたんだったな。幻想的だとか言ってる場合じゃない。
「悪かったな。本当なら、俺が説明するべきだったのに。」
「い、いえいえ! そんなこと……マリナさん、凄く丁寧に説明して下さったので……本当に助かりました。妹さんなんですよね? ありがとうございます。」
「……妹、か。さっき言ってたな。……似てないと思わなかったか?」
「え、い、いいえ! そんな失礼な……」
「別に失礼じゃない。よく言われるしな。」
私の反応を面白がっているのか、彼が笑いながら言う。
ああ、恥ずかしい。なんでこんなに私、テンパるかな……
「……あいつはな、母親似なんだよ。……昔死んだな。」
彼が少し俯きながら言う。
遠い目をした彼は、私にぽつりぽつりと母親――この国の王妃様について話してくれた。
「母さんが死んだのは10年前だ。俺が9歳で、マリナが7歳のときだな。俺とマリナと三人で城の周りを散歩していた時に天魔に襲われて、俺達をかばって大けがしたんだ。当時はまだ防御魔法の強度が今ほどじゃなくてな。天魔を抑えきれないこともあったんだ。……その時はまだ、転移魔法も使えない年だったからな。俺も、マリナも、母さんを助けられなかった。もう少し早く医者にかかってれば、助かるかもしれなかったのに。」
彼が服の裾を強く握る。
彼の顔が、悔しげに歪んだ。
「……それからだ。マリナが魔法薬の研究を始めたのは。王宮の空き部屋に実験室を作り、色々な本を読み漁って……天魔に対抗できるような、そんな薬を作りたいってな。いつまでも武器に頼っていたら、いつか財政破綻するかもしれない、ってよく心配してたな。」
マリナが、あの実験室にいた理由がようやくわかった。
そんな思いで、あそこにいたなんて。
「俺も、剣術の鍛錬に励んだ。ひたすら、ひたすらな。」
彼の服の裾を握る力が、さらに強くなる。
「あの時、何もできなかった自分が。母を、大切な人を守れなかった自分が、嫌で嫌で仕方がなかったんだ。だから、早く強くなりたかった。……もう、目の前で人が死ぬのは見たくないしな。」
そう言うと、彼は私の方に体を向けた。
彼と視線が重なる。
「俺も、あんたと一緒に行く。」
「えっ!?」
「あんたのことは、俺が守る。」
――――うわああああ! いやいや、ちょっと、そんな、少女マンガみたいなセリフ……! こ、こんな星空の下で、しかもこんなイケメンに言われるなんて!
「…………はい。よ、よろしくお願いします。」
彼の衝撃発言に、恥ずかしさと嬉しさで体が熱くなる。
それを気づかれないように、冷静を装ってそう答えた。
「ああ。」
彼が頷きながら言う。
よかった。気づかれてない。
「……そういえば、自己紹介がまだだったな。いや……あんたはもう名前言ったか。悪い。あんただけに名のらせたな。」
「あ、いえ、いいんです。」
彼が思い出したように言う。
そういえば、確かに……彼の名前、知らないな。
「俺の名前はゼノン。この国、エトワールの第一王子だ。」
ゼノン。
これが、彼の名前。
かっこいいし、素敵な名前だな……
あ、まずい、顔、熱くなってきた。
「その、改めて、これから、よろしくお願いします……ゼノンさん。」
赤くなった顔を見られないよう、深々とお辞儀する。
「……ゼノンでいい。あと敬語じゃなくていい。よろしくな…………アオイ。」
「!」
――――よ、呼び捨て! うわ、ちょっと、恥ずかし……いや、嬉しいんだけどね!
何がともあれ、落ち着け、一旦落ち着け、私!
ゼノンに背を向け、深呼吸を何度かする。
ゼノンがその光景を不思議そうに見ているけど、この際気にしないでおこう。
…………よし、やっと落ち着いた。
さて、これからどうしようか? 守る、とまで言われたけど。
そのことを考えた途端、今までこの異世界で見たものが、一斉に頭に浮かんだ。
マリナの笑顔、ゼノンの強い目、王様や、使用人達の心底嬉しそうな、あの表情。
私がこの世界を救ってくれると、信じて疑わない人達。
これから何が起こるかは、わからない。
危険なことに巻き込まれるかもしれない。
でも、この世界を、あの人達を救うことができるのは、私しかいない。
――――だったら、やってやる。
私はそう決意し、ゼノンの方へと向き直った。




