第9話
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勤務中、刑事課フロア内の電話は鳴り、ファックスやプリンターなどが絶えず作動する。メンタル面で疲れていた。合間に席を立ち、コーヒーを注いで飲む。リラックスすることこそないのだが、適度に気を抜いていた。ずっと緊張し続けるわけにはいかないからである。
北新宿の雑居ビル内で起きた事件は事故や自殺ではなく、他殺として処理され、捜査が行われている。所轄のデカたちも参るだろうと思った。いろいろと事情があり、捜査は滞る。警察も捜査員を増やすなどして事件を探るが、やはり手がかりは得られない。そしていたずらに時が過ぎていく。
警視庁サイドもホシに近付くため、しっかりやっているのだ。だが、東川を階段から転落させ、死に追いやった犯人は未だ見つからない。吉倉が、
「あのヤマ、だんだん手詰まってるな」
と言うと、俺も軽く息をつき、
「……ああ」
と頷く。相方が口寂しくなったのか、タバコを取り出し、銜え込んでジッポで火を点けた。そして燻らす。白煙が上がり、タバコは燃えていった。ニコチン依存症の男性はこんな感じなんだな。そう思い、あえて止めない。きっとイライラもあるのだろう。吉倉はしばらく吸っていたが、やがて灰皿で火を消し、
「井島、また定時の歌舞伎町パトロールがあるぞ」
と言って軽く息をつく。
「ああ。……憂鬱だけど、行くしかないな」
そう返し、また執務の続きをやる。思っていた。庶務や訓練などをしながら、合間に捜査やパトロールなど、いかにも警官らしい仕事をこなすと。この街には慣れた。確かにいろいろあるのだが、事情は事情としてやっている。
昼食と休憩を挟み、その日の午後二時過ぎから歌舞伎町へ向かった。護身用の警棒を持ち、歩いていく。署から歌舞伎町までほんのわずかだ。都市圏に住んでいると、自然と歩く癖が付く。電車や地下鉄の乗り継ぎの合間に歩行するからだ。それは分かっていた。東京生活が長いのだし……。
歌舞伎町交番に篠田がいて、制服姿でパソコンに向かっている。
「篠田巡査部長」
呼ぶと、目をこちらに向けて、
「ああ、井島巡査部長、吉倉巡査部長。お疲れ様です」
と言い、立ち上がる。そして、
「歌舞伎町のパトロールですか?」
と訊いてきた。俺も吉倉も頷き、吉倉が、
「ああ。済まないけど、付いてきてくれ」
と言い、表情を引き締める。緊張感があった。あの街は常に変貌している。正直なところ、中は悪だらけだ。堅気やヤクザ、半グレなどが跋扈し、店から絶えず金を吸い上げる。それがそっくりそのまま向こうの国へ行くから、恐ろしい。元々新宿自体、在日外国人が多いのだし……。篠田が先に立ち、歌舞伎町へと入っていく。警察も警戒していた。護身用の道具を持っていても……。
その日、二、三軒ほどの店に立ち入り、店内をチェックした。いろんなものが隠してあり、それが闇に流されるとまずい。検査などは入念にやっていた。違法な営業などもあるので……。
パトロールは午後三時前に終わり、篠田が交番に戻って、
「お疲れ様でした」
と言い、敬礼する。俺も吉倉も「お疲れ」と言い、署へと歩いていった。吉倉が俺に、「交番勤務じゃもったいないな。あの青年も」
と言う。頷き、
「ああ。いずれ刑事になるだろう」
と言った。篠田は出来過ぎている側面がある。模範なのだった。ノンキャリアでも刑事になる資格はあるから、いずれ交番勤務から抜け出るだろう。何せ駐在は警察官でも何でも屋なのだし……。
東京には秋らしく、澄んだ色の空が出ている。これから季節がよくなる。以前にも増して……。(以下次号)




