第88話
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十二月も末日が迫ると、一際慌ただしい。連日課内に詰め、勤務している。疲れはあった。神経をやられている。だが、そんなことでは仕事を休めない。働き詰めだ。合間にコーヒーを淹れて飲みながら、業務に当たっていた。課長席には月岡がいて、永岡警視の連れてきた警視庁の刑事三人はいつの間にか、撤収してしまっている。
新宿区内で発生した二件の殺人事件は本庁に丸投げされたので、幾分気は楽だ。もちろん、無事解決されることを祈っている。心労の類は消えない。一人のデカとして、そう思っていた。
ちょうど晦日の日の昼過ぎ、吉倉と共に、新宿の街をパトロールしたのである。歳末で街は騒がしい。それに歌舞伎町などは何かと物騒だ。人口が集中する地点には、自然と犯罪が発生しやすくなる。経験則で分かっていた。
歌舞伎町交番に行くと、篠田がデスクに座り、パソコンに向かっている。上下とも制服を着ていた。この男もこの一帯の治安を守るのに必死だ。定期的に街を見て回っているらしい。
「篠田巡査部長」
呼びかけると、篠田が顔を上げ、
「ああ、井島巡査部長、吉倉巡査部長。お疲れ様です」
と返す。
「年末年始はしっかり頑張ってね」
「ええ。……いつもそうなんですよね。歌舞伎町もこの時季、荒れますし」
篠田がそう言い、苦笑した後、また手元のマシーンのキーを叩き出す。この青年警官はマイペースだ。それが警察官の仕事をするのに向くのだろう。俺も吉倉も各々一礼し、交番を出る。
街を見渡すと、通りを絶えず人が行き交い、呑まれそうになる。しっかりと前を向き、歩いていった。正月も通常通り出勤となるだろう。慣れているので、気にしてなかった。入庁した頃から仕事漬けで、先輩刑事たちからも簡単には休むなと言われ続けている。それを頑なに守ってきた。暗黙裡の掟として。
一際冷える街を歩く。巨大都市新宿に圧倒され、半ば翻弄されながらも……。ふっと気付いた。この街をメインの舞台に据えた刑事小説などは読み尽くしていることを。おそらくハードボイルド作家なども、この街を材に取れば、書き易いのだろう。街自体、一見して複雑な構造をしているのだが、中では人間の息吹が聞こえ、いろんな生き様が仄見える。それがここ新宿なのだから……。
午後二時前には署に戻り、幾分遅い昼食を取って、それ以降も詰め続ける。疲れていたのだが、仕事は続く。心の中は何かとざわついているのだが……。(以下次号)




