第81話
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その日も午後六時を回る頃まで犯人捜しをしたのだが、結局被疑者を逮捕できずに、署に戻ってきた。いつものように規定の文書等を付けた後、午後七時半過ぎには署を出る。心身ともに疲れていた。新宿駅まで歩き、駅構内の地下鉄乗り場から電車に乗り込んで、帰宅する。
自宅マンションに帰り着き、スーツを脱いで部屋着に着替えた。そしてキッチンで夕食を作り、取る。思っていた。警察も捜査方針を変えないと、まずいだろうと。このまま新宿区内を捜し回っても、村上も福野富雄も見つからない。
一晩眠り、また新たな朝が来る。朝起きには慣れていた。慢性的な睡眠不足でも平気だ。人間どこかで寝てる。着替えを済ませ、出勤準備をしてから、自宅を出た。最寄りの駅へと歩き出す。その日も午前八時二十分過ぎには署に着いた。
捜査本部のデスクにいた吉倉に、
「おはよう」
と言うと、
「ああ、井島、おはよう」
と返事が返ってくる。その後、相方が一瞬間を置き、真剣な顔つきになって言葉を重ねた。
「――課長が本庁から通達を受けたらしい。東川幸生殺しの嫌疑が掛かってる村上警部補が赤道直下の島<オールバル島>にいる可能性が高いと、ね」
「オールバル島?」
「ああ。常夏の楽園だ。さすがに警察の目が向かないとでも思ったんだろうね」
吉倉がそう言って相好を崩す。そしてまた、気を引き締めるように、
「実は本庁のデカがオールバル島に捜索に行くらしい。俺たちはまた通常通りの勤務に戻れと仰せつかったようだ」
と言って、重たげに息を吐き出した。戸惑ったのだが、どうやら扱っていた事件に関してはお役御免らしい。デスクに着くと、管理官席にいた月岡が、
「この帳場はすぐに解散して、後は通常の刑事課での業務に戻る。いいな?」
と言ってきた。その日は外回りの必要がなく、立ち上がっていた捜査本部から、元々いた刑事課に荷物などを移す作業に追われる。現実は厳しい。つい昨日まであった大仕事が、たちまちにして本店の刑事たちにさらわれる。まあ、それもこの警察社会の暗黙裡の掟なのだが……。
オールバル島は日本からだと、ヘリで約三時間だ。今回は警視庁の捜査員が島へと向かう。新宿区内の所轄のデカたちは皆、通常業務に戻り、俺と吉倉も事件捜査から解放された。その日、荷物を移してから、刑事課内に居続ける。何となく歯車が合わないような――そういった感じだった。
外は冷える。もう今年も十日だ。早い。追っていた二件の殺人事件は、発生時からだいぶ時間が経っているのだが……。(以下次号)




