第8話
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その日の午後五時に一日の勤務が終わると、パソコンを閉じてから、吉倉に、
「お疲れ。お先するよ」
と言ってフロアを出、歩いていく。代わりに夜勤の刑事たちが入ってきた。幾分乱暴な感じなのだが、警官などそういった人間が多い。ヤクザとも雰囲気がそう変わらないような刑事も大勢いる。
夜の新宿は物騒だ。歌舞伎町は今夜も燃え盛っている。変わらないなと思っていた。悪の街で何でもありだ。何度警察が浄化させても、また元へと戻る。石井謙一のように裏でブツを流す業者も多数いて、警察サイドもたじろいでいた。
だが、相手の思うようにはさせない。いずれ尻尾を掴んでやる。そんなことを考えていた。それに何より、篠田のように歌舞伎町出入り口で交番勤務している駐在がいるからこそ、街は過激になり過ぎずに保たれる。あの青年も必死だ。いくらでも助けてやろう。そう感じながら、地下鉄の駅へと向かう。
自宅に帰り着き、シャワーを浴びて、風呂上りにビールを飲みながら、ゆっくりする。昇級試験の勉強は怠りがちだ。意志が弱いところがあって、俺の弱点なのである。だが、別にしばらくは巡査部長でもいいと思っていた。そう感じていて、買っていたテキストなどもろくに開かず仕舞いだ。
事件がないと、警察も本格的に動くことはない。これはどこの都道府県のどこの警察署でも同じ原理原則だ。思っていた。北新宿の事件も被害者の遺体発見が早かったから、すぐに帳場が出来、捜査員が揃ったのだと。
だが、事件現場となった階段で指紋や掌紋が発見されても、それが雑居ビルの支配人のものと判断されると、警察も手詰まり状態となる。捜査が振り出しに戻った。事件当日の午後、ビルに出入りした人間たちを防犯カメラ等で当たるしかないのだ。事件が迷宮化しそうだった。
三百五十ミリリットル入りの缶ビールを丸一本飲み干してから、缶を捨て、ベッドに潜り込んで眠る。疲れていて、すぐに寝入った。まあ、他管轄の捜査案件だから、気にしても意味ないかと思い。
一夜明け、寝床から出て、キッチンでコーヒーを淹れる。軽くカップ一杯飲んだ後、上下ともスーツを着て、髪には何も付けずにそのままの状態にし、部屋を出た。そして地下鉄の駅へと向かう。いろいろあっても、警察官としての勤務は続く。
普段から庶務と捜査、それに道場での剣道の鍛錬や射撃訓練など、やることはいろいろある。それに管轄内を絶えずパトロールする。黒っぽいスーツだと、警察官だとバレるが、別に気にしてない。堅気の仕事なので、そういった服装をしている。ただそれだけのことだ。
通常通り署に出勤し、月岡や吉倉と顔を合わせる。そして仕事を始めた。午前八時半過ぎ。警察は年中無休で、日勤のデカもこの時間帯にはすでに仕事をしている。パソコンを立ち上げて画面を見ながら、手元のキーを叩く。新規で作る書類や目を通すものなど、山ほどあった。絶えず続く。それに心の奥底では思っていた。新宿北署も東川殺害のヤマを逸早く解決できればいいと。(以下次号)