第74話
74
一日が終わると、腕や足が痛くなり、筋肉痛の症状を感じる。自宅に戻り、シャワーを浴びてから、エアーサロンパスを振った。消炎鎮痛効果で一時的に痛みが治まるのだが、やはり急に外回りとなると、体には支障が出てしまう。
一夜明けて、また通常通り署に出勤した。新宿の街は相変わらず物騒だ。あちこちが人で溢れ返る。署に着いてから、捜査本部に入ると、月岡も吉倉も他の捜査員もいた。吉倉が、
「おはよう、井島」
と言ってきたので、
「ああ、おはよう」
と返す。パソコンを立ち上げて、警察の捜査情報サイトを見ると、<北新宿IT企業社長殺害事件で、被疑者と目される警視庁捜査一課の村上義彦警部補が今現在逃亡中。所轄署員は被疑者確保のため、マル被を追うように>とある。同種の文章が各サイトに複数に亘り掲載されていた。村上は逃走中だ。取り逃がせば、警察の威信にかかわる。何としてでも確保したい。皆の思惑は一致していた。
コーヒーを一杯飲んだ後、吉倉が見計らって、
「井島、すぐ行くぞ!」
と言った。頷き、いったん脱いでいたコートを黒服の上から羽織り、歩き出す。足は痛いのだが、そんなことも言ってられない。事件の背後には警察幹部がいる。五億の裏金を使い回した人間たちは、村上によって闇のデータを奪わせた後、同時にそれを処分させたのだろう。汚い。すぐに村上を逮捕して、やったことを白状させ、事の真相を明らかにしたい。皆、心のうちではそう思っていた。
パソコンをスタンバイ状態にしていたのだが、帳場にいる他の刑事がマシーンの中の情報を覗き見することは出来ない。スタンバイした時点でちゃんとセーフティーロックが掛かる。使う際、個別に付与されたIDとパスワードを入力する必要があり、セキュリティーの一環として機能していた。
村上はどこに逃げのびているのか?さすがに警察も把握できてない。多分都内某所にいるものと思われる。東川幸生殺しも、角井卓夫殺害も、おそらくは入念に計画された犯罪だったのだろう。身内を甘く見ていた。まさか殺人事件に警察官が手を貸すなどと、一体誰が考えたか?だが、事が起こってしまった以上、どうしようもなかった。
街を歩き回る。コートを一枚羽織っていたのだが、すぐにシャツの下から汗を掻き始めたので取った。小走りに歩きながら、息切れするのを感じる。焦っても仕方ない。そう思い、努めて気を楽にした。雑踏に紛れ込みながら、街の雰囲気を感じ取る。確かに暮が迫ると、何かと慌ただしい。
警察の覆面パトカーも絶えず辺りを走行している。一見普通車なのだが、赤色灯を車上に載せると、パトカーになるのだ。緊急走行状態になると、信号停車の必要はない。この近辺にその手の車両が一番集中的に配備されていた。村上が隠れ潜んでいる可能性大なので。(以下次号)




