第7話
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翌朝、起き出すと、頭が痛かった。昨夜飲み過ぎたのだろうか?キッチンには先に起きた麗華が立っていて、サラダを作るため、包丁でソーセージや野菜などを切り、トーストや目玉焼きも作ってから、テーブルに並べていた。そして仕上げにコーヒーを淹れ、朝食の準備も完了だ。洗面所で歯を磨いて顔を洗い、スーツを着て、ネクタイを締めた。
「堅気の格好ね」
「ああ。警官なら制服かスーツ着用だ。……麗華は今日どうするの?」
「あたし?あたしは……午後五時過ぎから仕事だから、それまでに店に行けばいいし」
言った後、軽く頷く。そしてコーヒーを啜り、トーストを齧った。寛いでいるようだ。普段も朝はこんな感じなのだろう。ホステスは夜が遅い分、朝も遅いのだし……。職業に貴賤はない。それは認めていた。
麗華が俺を送り出し、その日も通常通り署に出勤した。吉倉が、
「おい、井島。香水臭いぞ」
と言ったので、
「ああ。昨夜、恋人と過ごしててな」
と返す。パソコンを立ち上げ、庶務傍ら、いろいろ見ていた。警官も拘束時間を過ぎれば帰る。だから、時間中は一定の緊張感があるのだ。コーヒーをプラスチック製のカップに注ぎ、飲みながら、詰める。
ふっと口を開いた。
「北新宿の東川幸生殺害のヤマはどうなった?」
「ああ。あれなら、本庁のお偉方が帳場に来てる。どうやら手柄は本庁の横取りだろうな」
「そう。……まあ、別にそれならそれでいいけど」
頷き、またパソコンに目を戻して、オンラインでの処理が任された書類を読む。庶務で目を通す書類は膨大だ。手分けして当たるのだが、俺に言わせれば退屈だった。昔から肉体系で刑事の地味な類の方の仕事は苦手である。まあ、仕方ない。そういった風に生まれついたのだろう。
Ⅱ種試験の勉強も、大学在学中に要領よく、適当にやっていた。元々勉強自体嫌いで、試験に出るところだけ覚えて臨んでいたのである。ただしミステリーだけは好きで、結構読んでいて、それが俺を警察社会へと引き込んだのだろう。それだけの理由で公務員試験後、警視庁の下にある歌舞伎町交番に配属され、それから今の職場である新宿中央署へと収まったのだ。別に俺の希望などほとんど入ってない。人事の力だけだった。
東川は雑居ビル内で何者かによって殴られ、挙句転落死したようだ。一体誰が被害者を殴り、階段から転落させたのだろう?疑問は残る。おそらく新宿北署鑑識課の人間たちもそれを探っているものと目される。東川の検死結果の載った書類にも、頭蓋骨はどうやら転落前に陥没していて、それが尚更事件を複雑にしているらしい。監察医の出す所見は適切だ。解剖した後、死者に向かうのだから、当然である。
他管轄のヤマでも探りたくなる。それぐらい今回の事件は興味がそそられた。おまけに死体が硬直する前に握っていた、スティック状のフラッシュメモリが何か意味を持つものと思われたのである。データ盗なら厄介だ。すでに持ち去られているのだし……。だが何かある。そう思ってしばらく所轄の捜査を見守るつもりでいた。
一日の時間が過ぎていく。特に昼食を取った後は早く。それに感じていた。また署でも上の人間から命令が下るだろうと。俺も吉倉も身構えていた。デスクに座り、仕事をしながら……。時折、刑事課フロアに来るのだ。署長である綾瀬や、他の上役たちが。(以下次号)