第69話
69
昼食後も捜査本部にいて、勤務し続けた。幾分疲れはあるのだが、焦燥しないようにして、パソコンの前に座ったまま、マシーンのディスプレイを見る。目も疲労気味だ。時々画面から目を離して席を立ち、コーヒーを淹れ直す。エスプレッソを飲むと覚醒する。いつもコーヒーメーカーのコーヒーは濃い目だった。セットする人間も同じ味を保ちたいのだろう。まあ、俺だってそこまで気にしてなかったのだが……。
午後五時を回る頃、パソコンを閉じて帳場内に詰める人間たちに一言言い、帰宅する。捜査は続く。明日も通常通り出勤だ。捜査があれば、休みなどない。事件を抱え込む刑事は大変なのである。実際、自分なりにこれまでいろんなヤマを見てきて、今回の事件も一際大きな代物だと思えた。
街を見ながら歩く。変わらない光景が眼前に映っていた。新宿は悪の街だ。いろんなものが蔓延る。ここで警官をやっていれば、様々なことに遭遇するのだ。歩きながらも、そんなことを感じ取っていた。
昔から家族とは仲が悪かったのである。オヤジが昼間から酒を飲み放題飲み、暴れ回っていたから、俺も高校卒業・大学進学と同時にオヤジをアル中患者治療用の施設にぶち込み、一切縁を切った。今後、二度と会うこともないだろうと思い。公務員試験の勉強も在学中に要領よくやって、卒業後は晴れて警視庁入庁となった。
葛藤はある。家族縁が薄かったから、仮に結婚する相手が見つかれば、愛情を注ぎたいと思っていた。麗華が今交際中の恋人だが、どうなるか分からない。だが、彼女も水商売なので、いずれある程度の年齢が来れば、業界から足を洗うだろう。あくまで単に交際中なのだから、先のことなど分かるわけもないのだが……。
自宅に帰り着き、一晩過ごして、また翌朝も普通に署に行った。体の芯に疲れがあったのだが、歩きながら解消していく。自身頑健なのだが、気を付けたいと思っていた。堅い木は何かと折れやすいのだから……。柳のようなものがしなやかで自由で、返って折れにくい。人間もまさにそうだ。
捜査本部で単調な勤務が始まる。現時点で福野富雄は逃亡中であり、東川幸生を転落死させた犯人の方は特定できてない。感じることはいろいろあった。もちろん、警察上層部が作った五億の裏金も闇の金で、適切な会計処理がされないまま、流れている。
だが、閉塞感もいずれ打破できる。そう思い、地味にやるつもりでいた。事件があっても近視眼的にはならない。それが組織の末端に近い人間のやれることだった。じっと見据える。決して焦らずに。
一日の時間が流れていく。刻一刻と容赦なく……。(以下次号)




