第6話
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「井島」
「何?」
「また見てるのか?例のデータベース」
「ああ。……何となく、北新宿のIT企業社長殺害事件が気になってな」
「管轄外の事件だぞ。気にするなよ」
「いや。黙ってはおけないって思って」
そう言ってパソコンに齧り付いた。吉倉が、
「今日久々に剣道場で稽古しようって思ってるけど、どう?」
と訊いてくる。
「まあ、悪くはないけど、今取り込み中だからな」
「じゃあ、都合が付いたら来いよ。待ってるから」
吉倉がそう言い、デスクから立ち上がって道場へと向かった、午前十時過ぎで、今から一汗掻くと、多分シャワーが気持ちいい。いったんパソコンから離れて、追うように剣道場へ行く。そして吉倉の顔を見た後、胴着を着てから、防具を嵌めた。頭にタオルを巻き、面を被る。
それから軽く打ち合いをした。気を入れるための声と、握った竹刀が鳴る音が絶えず聞こえてくる。互いに運動神経は今一なのだが、剣道は心のスポーツだ。礼に始まり、勝っても負けても礼で終わる。そんな礼節を身に付けるため、やっていた。損にはならない。決して。
稽古が終わり、面を取ってからタオルを解き、黙想する。ほんの一分ほどだが、気持ちを静めた。そして道場横のシャワー室で温かいシャワーを浴びる。思っていた。また仕事があると。
フロアに戻り、デスクに着いてから、パソコンに齧り付く。データベースを閲覧しながら、いろいろ感じていた。歌舞伎町を始め、新宿区内の繁華街では九竜興業や他の暴力組織が動いている。警察も滅多なことでは手を出せない。まあ、別にその手の組織は一度摘発しても、ゾンビのようにまた出没する。キリがない。
警視庁組織犯罪対策部――略して組対部だが――の四課と五課がその手の捜査で主に稼働する。実際、近年の暴力的組織は昔とやり方が違う。手下であるチンピラがいろんなことをして回るのだ。それに最近は半グレという輩もいる。暴力団ではないのだが、そういった行為をして回る厄介な連中だ。ここ新宿でも闇金融や振り込め詐欺などを主に手掛ける。ヤクザでもなければ、堅気でもない、その中間的存在として。
「九竜興業も歌舞伎町内の業者も実質的社長は石井謙一だ。あの人間が命令して、下が動いてる。……全くどうしようもねえよな。始末が悪くて」
吉倉がそう言って息を吐き出す。頷き、いったんデータベースを閉じた。吉倉がタバコを取り出して銜え込み、ジッポで火を点ける。燻らすと、タバコ本体がメラメラと燃え、煙が上がった。しばらく煙いのを我慢する。相方は少しでもニコチンが切れると、イライラするぐらい依存症だ。しかも重度の。下手すると、点呼や捜査会議中に遠慮なしに吸い始める。それぐらいしか楽しみがないのだろう。
署での一日の勤務が終わり、刑事課フロアを出、駅から地下鉄に乗り込み、自宅マンションへと帰る。ちょうどマンションの部屋出入り口に恋人の麗華が立っていた。声を掛けてくる。
「勇介、お帰り」
「ああ、ただ今。……今日仕事休み?」
「うん。基本的には毎晩勤務するんだけど、たまに休みもあるのよ」
彼女がそう言い、頷いてみせた。クラブのホステスは何かと派手なイメージがあるのだが、麗華はそうでもない。接客の才能はあっても、トップにはならないタイプだ。現に勤務先のクラブにいても、暖簾分けしてもらって、自分の店を持つ気にはならないようだ。俺にとっても、そっちの方がよかった。クラブのママというと、いくら水商売でも幾分堅い感じがするのだし……。
その夜、麗華は俺の部屋でシャワーを浴びた後、水割りを作って飲みながら一夜を共にした。ベッドの中で折り重なり合う。互いに納得いくまでずっと。(以下次号)