第55話
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その日も午後は捜査本部に詰めた。単調で疲れてしまう。だが、形式的にであれ、署内には帳場があるのだから、事件解決まではここにいる必要性があった。コーヒーは程々にしておく。飲み過ぎると、胃が悪くなるので。
午後五時を回る頃、月岡や吉倉、それに他の刑事たちに一言言って、署を出る。歩きながら、街を見ていた。繁華街は人が多い。特に新宿駅近辺は大勢の人間が集っていた。大都会の片鱗が街のあちこちで見れる。在日外国人の輩も多数いた。警察もこの連中のことは大変なのである。日本人じゃないのだし、何かしら犯罪の片棒を担ぐ。厄介だ。
普段から管轄内のパトロールなどはしているが、犯罪抑止は限界がある。防ぎきれないのだ。温床が常にあるのだから……。俺たち日勤の刑事が休む時間帯は、夜勤のデカたちが活動している。新宿の街でも中枢部にある歌舞伎町などの歓楽街は、日夜灯りが点いていて、眠らない。
今回の二件の殺人事件で、角井卓夫を殺害したと目される福野富雄は九竜興業の構成員だ。それに北新宿の雑居ビル内の階段で転落死に見せかけて殺害された東川幸生も、持っていたフラッシュメモリが奪われていることから、何者かが情報を盗むためにあえて殺したのだろう。警察上層部――おそらく警視庁本体だろう――が五億の裏金を作ったのは、紛れもない事実だ。すでに上の方は速やかに幕引きを図るため、動いているものと思われる。
だが、まるで黒い霧だ。一際悪質である。五億という額の公金を上の人間たちが使い回したのだから……。ただで済むわけがない。金の入出の経路を巡り、すでに東京地検などが動いているだろう。地検の検事は精鋭だ。令状さえ取ればどこにでも入っていく。
一夜明けて翌日の午前十時過ぎ、警視庁内にある警視総監室に電話が掛かった。発信元は東京地検特捜部の村田検事正である。受話器を取った警視総監の岩尾は、電話先で裏金の件に関し、巻こうとした。だが、村田が、
「岩尾警視総監、あなたの逮捕状を持って参るかもしれませんよ」
と脅す。岩尾が「ご冗談を」と言って誤魔化した。電話先で岩尾は頻りに「何も知らない」「部下が勝手にやったことですよ」を繰り返した。億を超える裏金が動いたことは、常識的に言えば知っているはずである。知らないはずがない。村田は部下の検事たちに命じて、警視庁の出納を調べさせている。バレれば即、関係者を確保するつもりでいた。
村田の命令で、地検の検事の岡倉と韮山が動いていた。両名とも警視庁関係者と接触する可能性がある。仮に裏金の件が正当なら、東川を殺害したのは警察関係者ということになるからだ。もちろん、事はそう単純でもないが……。
地検の動きは警察にも波及した。警察の何者かが東川を葬ったとしたら、桜田門は信用を無くす。看板が地に落ちるのだ。それだけは何としてでも避けたい。岩尾を始めとする上層部の人間たちは皆そう思っていた。もちろん末端にいる俺たちも手を抜けない。捜査は捜査だ。殺人事件で二人の人間が死んでいるのだから……。(以下次号)




