第53話
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その日も一日が終わり、午後五時には捜査本部内にいる刑事たちに一言言って署を出、歩き出す。新宿の街は夕方冷え込む。歩きながら、街の光景を見続ける。通りには人が多くいて、ラッシュに巻き込まれた。新宿駅の地下鉄乗り場は人の洪水で、疲れてしまう。ゆっくりと歩いていき、電車に乗り込んだ。
自宅に帰り着くと、幾分落ち着く。手洗いなどをして、スーツから部屋着に着替えた。食事を作り、独りで食べる。確かに夕食時はリラックスできた。思うのだ。刑事も大変な仕事だと。入浴して髪や体を洗いながらも、そんなことを考えていた。
一夜明け、翌日通常通り出勤する。事件があり、帳場に詰めていると休めない。基本的に仕事人間だから、尚更そうだ。上下とも堅気の格好で署へと行く。いつも通りデスクに着き、パソコンを立ち上げて向かう。コーヒーを飲みながら、警察の捜査関連のサイトをチェックした。特に目立って何もない。
だが、おそらく捜査員は皆、角井卓夫殺しの容疑者である福野富雄や、東川幸生を転落死させた犯人の行方を勘付いているだろう。警察の捜査能力は高い。実際、過去にも警視庁管内で発生した連続殺人事件などは、時効を迎えたものを除き、ほぼ全て解決している。だから、今抱えている案件もいずれ解決するだろう。警察の捜査を軽んじてはいけない。高度な知能と、鋭い勘で動くのだから……。
その日も昼になる。月岡が、
「井島、飯食い終わったら、吉倉と一緒に歌舞伎町交番の篠田のところに行ってきてくれ」
と言った。
「分かりました」
答えた後、カツ丼を丸々一つ平らげた。そしてコーヒーを一杯淹れて飲み、吉倉に一言「行くぞ」と言って、署外へ歩いていく。警棒は持っていた。護身用だ。何かされた場合、これを使って遠慮なしにやり返す。
確かに署内に捜査本部が出来て、ずっと内勤だった。久々に外での活動となる。もちろん、この街も家の庭のように知り尽くしているのだ。どこに何があるのか、一目瞭然である。
歩いて歌舞伎町交番に行くと、篠田がいて、
「井島巡査部長、吉倉巡査部長、お疲れ様です」
と言ってきた。俺の方が軽く頷き、口を開く。
「ああ、お疲れ様。……最近どう?この街の様子は」
「危なっかしいですね。九竜興業の人間たちもだいぶ入ってきてますし」
「もし危険だったら、いろいろ手を使えよ。君もまだ若いから、身の危険感じた時は遠慮なしにな」
「ええ、そのつもりです」
篠田がそう言い、また手元で業務を続ける。まあ、別にこれと言って変わらない感じだった。それで安心し、ひとまず引き揚げる。署に戻り、月岡に一言帰った旨を告げてから、デスクに着いた。そしてまたパソコンに向かう。午後三時前で中途半端な時間だったが、座ったまま、じっとしていた。刑事は疲れる。身も心も。だが、慣れているから平気だ。そう思い、勤務し続けていた。
吉倉がタバコを吸い始めたので、辺りがニコチン臭くなる。上手そうに燻らせていた。一息つけたような顔をして。(以下次号)




