第52話
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二日後は土曜で、本来なら仕事に出なくてもいいのだが、事件捜査があるので、通常通り勤務だった。体はきつい。でも、幾分無理して署に行った。連日、六時間程度の睡眠でやっている。慣れてはいるのだが、昼間眠気が差すこともあった。その時は濃い目のコーヒーで眠気覚ましする。
元々意地を張らない性格だ。マイルドなのである。他人と接していても、相手に譲ることがあって、無理に己を通すことはない。それで今までやってきていた。病気ひとつせずに健康でいられるのも、そういった性格ゆえだ。自分とは真逆の人間も見てきている。どうしようもなく我を押し通す人間――、大抵早く死ぬか、それと同等なぐらい不幸で悲惨な人生を背負わされるのだ。
吉倉はいつも相方として共に刑事をやりながらも、俺のそういった気質なり、性格を知っている。おそらく見抜いているのだろう。物腰の柔らかい人間だと。実際、俺自身、他人に無理強いしないので、安心していられると思う。
俺の楽観は捜査でも得になる。執拗に犯人を追わないのだし、時には泳がせることさえするのだ。それが的中する。確かに警察は迅速な容疑者検挙を優先するだろうが、その警察の一員である俺は決してそんなことをしない。むしろ別件で引っ張り、逮捕後、本件に切り替えて追及するのだ。だから、警察のデータベース上に載っている凶悪犯の氏名や罪名、顔写真や体格などは細かく覚えていても、あえて放置しておく。そういったやり方が結局は功を奏し、最終的には正解なのだ。
常にそういった姿勢でいて、月岡や署長の綾瀬も何か言ってくることはない。新宿の街など、事件と銘打てば掃いて捨てるほどある。だが、それに一々過剰反応しないのは、持ち前のポリシーと冷静さがあるからだった。とにかく事態をクールに見る。バカな刑事は火の中にでも飛び込んでいくだろう。そういった愚を犯さないのだった。
街は冬の様相だ。十一月もほぼ半分が終わっている。月日が経つのが早い。あっという間に一年が終わる。事件捜査は長引くにしても、気を落ち着けてやるつもりでいた。
昼食に出前で取られた親子丼を掻き込んだ後、しばらく休む。吉倉がタバコを銜え込み、先端に火を点けて吸い始めた。やはりニコチン中毒なのだろう。吸わないと、禁断症状が出るといった感じで。互いに胸のうちは薄々分かっていた。いつも同じフロアで隣の席にいるのだから……。まあ、別に心の中まで覗き込むことはないにしても……。
時が経つ。まだ、福野富雄の身柄は確保されてない。警察全体にジレンマがあった。おそらく捜査員は皆そうだろう。殺人事件の被疑者を挙げないことには、突っ込んだ事件捜査が出来ないのだから……。(以下次号)




