第50話
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警察上層部はいずれ九竜興業を取り締まるつもりなのだろう。全面戦争が避けられない。警視庁も臨戦態勢を整えているようだった。特に暴力団捜査の場合は組対が動く。俺だって、所轄の刑事課の人間の一人として、覚悟は出来ていた。応援などに狩り出される可能性大だからだ。
そして一日が終わり、また夜が来る。新宿の街は各所にネオンが灯り、通りは人で溢れ返っていた。通りに面するビルは、どこも灯りが付き、煌々としている。東川幸生が殺害された北新宿の雑居ビルは、中にテナントとして入った店が営業中だ。その一角にある角井卓夫が元オーナーだったクラブ、スリープレスも業務を続けている。
仕事後に単身、スリープレスに行ってみた。何か事件に関する情報が得られるかもしれない、と思ってである。一口にクラブと言っても、頼むのは一番安いビールの類だ。それにそういった店には普段から行き慣れてない。
店出入り口で警察手帳を提示し、店内に入る。客は少なめだった。クラブだが、ホステスは地味でそこら辺りの飲み屋か居酒屋の延長線ぐらいなものだ。これが銀座なんかだと、飲み代が桁違いに高いのだが、新宿の場合は相場が安い。
生前の角井のことを訊くと、返事はあやふやだった。オーナーと言っても、形だけだったようである。店の従業員も角井のことは一通り知っているようだったが、実態は掴めてないらしい。
だが、福野富雄や他の九竜興業関係者が来ていたことは、皆明言している。つまり店自体あの組と繋がっているということだ。多分、新宿区内の多数の店に九竜興業の人間が出入りしているのだろう。察しは付いた。
その夜、午後八時過ぎに店を出、通りを歩く。北新宿から新宿駅へと向かった。辺りは人が多数いて、大きなビルには街頭ビジョンがある。夜も眠らない街――、その実感がわずかに分かる気がした。
新宿駅から地下鉄に乗り、自宅へと向かう。疲れはあった。だが、明日も通常通り勤務だ。夕食はクラブ内で軽食を食べて済ませていたので、自宅に帰り着くと入浴し、そのまま眠った。
あっという間に朝が来て、起き出す。部屋着からスーツに着替えて、キッチンでコーヒーを一杯淹れ、飲んだ。午前七時を回る頃、自宅を出、最寄りの地下鉄の駅へと向かう。電車に乗り込み、揺られながら都心へと移動した。
署に着くと、吉倉が、
「おはよう、井島。……昨夜スリープレスに行った?」
と言ってきた。
「ああ。……それがどうかしたのか?」
「いや。店関係者が警察に問い合わせたらしい。刑事が一人来て、探りを入れたって」
「探りって、別にそんな大きなことしたわけじゃないよ。単に行ってから、店の人間にちょっと話聞いただけだから」
「でも、気を付けろよ。場所によっては令状が必用な場合があるからな」
「まあ、そうだね」
頷き、デスクに座って、パソコンを立ち上げる。そしてマシーンを起動させた後、警察の捜査情報サイトを一通り見た。まだ、どれも更新されてない。
その日も一日捜査本部に詰めた。耳寄りな情報等が、外部からもたらされないまま……。(以下次号)




